若者のすべて

非常にオペラ的な映画。


何がオペラ的なのか? 
貧しいイタリア南部からミラノに移民してきたロッコとその兄弟たちの繰り広げる過剰なメロドラマである。メロドラマの背景となるのは、社会派リアリズムなタッチで描かれる、移民一家を取り巻く厳しい現実だ。それらの背景はしばしば超広角ショットで撮影されて、スケールの大きさとその中の人間のドラマの規模の小ささと非常な激しさを強調している。登場人物の間で衝突が起きる場面はもちろんオペラ的だが、冒頭の長兄の婚約パーティーの場面で、ロッコ一家が到着する前からすでに、人々の会話はレシタティーボのようで、何かが起こる前提を感じさせる。 


非常に力強い映画で、3時間休憩せずにビデオを見たが、物語的には、鍵となる設定がご都合主義的すぎて気に食わなかった。まず、兄弟のうち3人が次々とボクサーになること。貧しく学歴のない若者にとっては格好の職であることは分かるが。。。次に、一番大事なのが、ロッコと次兄の娼婦ナディアを巡る関係。次兄が先に彼女の恋人になり、ロッコも彼女にひかれていたという伏線があるものの、次にはロッコが一緒になるという展開は、ミラノには他に女がいないのか!と叫びたくなる。しかし、オペラの筋書きと思えば、こうした展開も気にならない。ナディア役のアニー・ジラルドは魅力的だが、長兄の妻役で出演していたクラウディア・カルディナーレのように絶世の美人というわけではないものの、2人の男の人生を狂わせる運命の女として、かえってリアリスティックかもしれない。


貧しい田舎から来た兄弟全員がイケメンというありえない配役でありながら、キャスト全員が完璧な配役と演技である。ロッコ役のアラン・ドロンは、ボクサーになることを望まないのにボクサーを続けることを強いられるが、ボクサーにしては繊細すぎる美貌がその痛々しさを強調している。善人でありながら都市の闇に飲まれて転落する次兄と、その全てを許すロッコ、常識を代表する弟、未来の希望を表現する末っ子、と絶望と救済が描かれ、宗教的なタッチを持つメロドラマでもある。彼らが本当の兄弟であることは疑いの余地もなく、獣のような次兄と天使のようなロッコが一枚のコインの裏表であることを明確に描いている。


さらに興味深いのは、ニーノ・ロータが音楽を担当していながら、ほとんど音楽がないことだ。音楽なしのオペラである。数回繰り返されるテーマは、この映画が影響を与えた「ゴッドファーザー」の中のメロディーの一つを思わせる。「ゴッドファーザー」の音楽担当はもちろんロータであり、本人かコッポラの意向かは分からないが、同様に移民の家族ドラマを描いたこの作品との共通点を強く意識していたことは間違いないだろう。