Never Let Me Goなど

Never Let Me Go by Kazuo Ishiguro



昨日紹介した「The Thousand Autumns of Jacob de Zoet」に加え,日本がらみの本では,キーラ・ナイトレイ主演で映画版が来月公開される,カズオ・イシグロの「Never Let Me Go(わたしを離さないで)」も読み始めたら止まらない。私の趣味としてはこっちのほうが好き。表現的にも視覚的にも(映画化の際に特撮を必要としないだろう)省略の効いたSFで、物語と登場人物、主題が完璧に絡み合い、徐々に謎が明かされる構成なので、ネタバレなしの作品紹介はとても難しいが、とにかく必読の一冊。


筆者は長崎生まれの日本人でイギリスに帰化し、日本語はほとんど話せないにもかかわらず、文章が日本的なのが面白い。文法も表現も自然だが、全くのネイティブよりもtransparent(イシグロの表現)な英語で、比較的ストレートで分かりやすく、文も短めで、余白に物を言わせるところも日本的だ。日本が舞台の「An Artist of the Floating World(浮世の画家)」では、本当の日本を知らないことが日本人には分かるが、日本と全く関係ない「Never Let Me Go」に日本的情緒があるのが、言語や文化の面白いところだ。これに比べ、「Thousand Autumns」は何ちゃってではないが、あくまでも西洋人の視点で描いた日本だ。


Fun Home by Alison Bechdel

トッド・ソロンツとウェス・アンダーソンが出会ったような、悲しくもおかしい自伝漫画。
レズビアンの娘が、家族にゲイであることを隠して40過ぎで死んだ父親と、やはりゲイで花好きだったプルーストの「失われた時を求めて」を重ねる。Fun Home(楽しい家庭)とは,家業の葬儀社(Funeral Home)をシニカルに呼んだもの。


プルースト失われた時を求めて」第1篇「スワン家のほうへ」
そろそろ読んでみるかと手を付けはじめたら、Fun Homeにも登場して、偶然にびっくり。
Alison Bechdelが「父親よりもゲイ的な人間がいるとしたらプルースト」と書いているように、確かにプルースト文学史上最大のゲイだろう。さんざしの花と「恋に落ちた(fell in love)」とまで書くほどの花への愛情がおかしいが、愛でる人の嗜好を問わない、花の性的な本質がとらえられている。芸術を理解しないくせに、大げさに分かっているふりをするなど、20世紀初期社交界の成金の様子を風刺的に描いたくだりも面白い。でも、一文がページの半分もあり、事件らしい事件が起こらない文章は、英語で読むにはつらい。もっと年取ってからの読書に取っておこうかな。


ペルセポリス by マルジャン・サトラピ

イラン革命とイラン・イラク戦争下のイランで育った著者の自伝的グラフィックノベル。西側メディアではほとんど伝えられないイランの姿(私はこれを読むまで、恥ずかしながらイランとイラクの違いをきちんと説明できなかった)がブラックユーモアと反骨精神で描かれる。最高の漫画作品かどうかは分からないが、最高の歴史書の一つだと思う。著者と同い年の1969年生まれのせいもあるが、日本や欧米と全く違う社会でも、そこに住む人間は変わらないのだなあと思う。読み終わるのが惜しかったほど愛着のわいた作品。映画版も評価が高いが、漫画に遠く及ばない。西欧と違うイランを描く中で普遍性がにじみ出てくる原作と違い、映画は最初の場面からいきなり、イランの少女マルジというよりは、ちびまるこちゃんを連想させた(マルジもシニカルなのだ)。





Pyongyang by Guy Delisle

カナダ人の著者が、フランスのアニメーション会社の仕事で平壌に2ヶ月間滞在した体験を描くグラフィックノベル。よく描けているが、北朝鮮本があふれている日本人には目新しくない。これをすすめてくれたアメリカ人の友人は驚いていたが。作品の前提が違うので仕方がないが、「ペルセポリス」を読んだあとでは、個人的な要素も物足りない。

フランスのアニメは、以前は韓国で作っていたが、コストが高くなったために北朝鮮に外注するようになったと書いてある。韓国で作ってる「シンプソンズ」だって、実は北朝鮮で作っている可能性もなきにしもあらずってことだ。経済制裁の手前上、表立ってはできないだろうけど、外注の外注などの方法で抜け道がありそうだ。イタリアのテレビで放映された「ライオンキング」は北朝鮮で作られたとのこと。


Preacher by Garth Ennis

日本の漫画とアメコミ両方での、最高傑作のひとつだろう。
翻訳を職業にしている私が、ようやくグラフィックノベルを読み出したきっかけになった作品。
スーパーヒーロー物のアメコミは通常、内容の割には字数が多くて、絵と文字合わせた情報量の多さを敬遠していたが、これは宗教や政治、暴力、愛とセックス、男同士の友情、フェミニズムなどを大胆に扱った、読む価値のある文字と絵が並ぶ。カウボーイ的性格の主人公ジェシーを初め、西部劇映画へのオマージュが全編通して見られるだけでなく、超自然的要素との融合がユニーク。ジェシーの相棒である、ニューヨークを愛するアイルランド出身の吸血鬼キャシディのキャラクターが深い。


Y the Last Man by Brian K. Vaughan

Preacher同様に、DCコミックの大人向けレーベルVertigoからの出版。
Y染色体を持った人間と動物が地球上からある日突然絶滅してしまう。なぜか一人生き残ったヨーリックは、生き別れたガールフレンドを探しに行くが、最後の男を女たちが放っておく訳がない。女たちは、それぞれ違う立場から、彼を守り、利用し、命を狙う。ラス・メイヤーのヒロインが頭脳を持ったような、強くてセクシーで頭のいい女たちが沢山出てくるので爽快。ヨーリックは一見ダメ男だが、ユーモアのセンスが捨てがたい。


Miss Lonelyhearts & The Day of Locust by ナサニエル・ウエス
「The Day of Locust(いなごの日)」はヨーリックお勧めの小説で、「シンプソンズ」のホーマー・シンプソンの名前はここから取られた。ハリウッドを描いた1939年の作品だが、驚くほど古くなっていない(アメリカでは特にそうだろう)。が、当時の衣装や音楽が見えてしまう映画版では、時代を超越した本の魅力が根こそぎなくなっている。新聞の身の上相談コラムニストが主人公の「Miss Lonelyhearts」は、そのままノワール映画になりそうだが。