シン・ゴジラ

シン・ゴジラ」米国上陸。


マンハッタンでは、ここイーストビレッジとタイムズスクエアの2劇場で1週間のみの限定上映。
木曜7時半の上映はほぼ満席。観客は日本人が1割強くらい。
いちばん最初に、東宝のロゴとゴジラの鳴き声が聞こえた瞬間に「おおーっ」という声と拍手。もう1回ロゴが現れたが、また拍手。海外にいて日本人であることを誇りに思う数少ない瞬間。


中国の正月のドラゴンダンスを思わせる、ぬいぐるみのようなゴジラが登場するまでの約30分間は、想定外の事態への対応を迫られた官僚多数の弾丸トークが延々と続く。非常時でもあくまでも規則を重んじる官僚的な対応にはたびたび笑いが上がっていたが、日本での反応はどうだったのだろうか?震災時の政府対応のまずさの記憶がまだ鮮やかな日本で、それをジョークとして受け止める余裕があるのだろうか?


海から東京に上陸したゴジラは、 なじみの姿へと進化しながら大きくなり、ひたすら歩み続ける。従来のゴジラの、銀座(オマージュ的な場面があったが)や国会議事堂などの東京中央東部だけでなく、世田谷区や多摩川下流域などの西部や南部をたっぷり見せており、点としての名所でなく、巨大メトロポリスとしての東京の広がりと、そこに出現した巨大怪獣の大きさを強調している。川崎市出身の私は、なじみの姿に進化したゴジラが始めて全貌を現すのが、武蔵小杉や丸子橋の多摩川河川敷なのがうれしかった。


アクション場面は大きく分けて2つで、その間は官僚トークが続く。最終的には、トークがやや長すぎると思ったが、危機に際して日本を守る若手官僚たちがヒーローであり、かつ誰も大きく突出していないアンサンブル演技というのはユニークで、長いトークがあるからこそアクションの素晴らしさがよけいに際立っている。優れたアイデアとそれを実現している面で、ここ数年のハリウッド映画のアクションの中で、これに優るものはないと思う。こればかりは大画面で見ていただくしかない。最初のアクション場面での、東京の夜空が燃える中にゴジラのシルエットが浮かび上がる、クラシック・ゴジラへのオマージュと思われるロングショットは美しくて涙が出そうになった。


だが、アメリカ人観客は、官僚トークがあまりにも長すぎると思った人も少なくなかったようだ。アメリカ人の夫は、最初のアクションが終わり、トーク再開になってトイレに行ったところ、男子トイレに列ができるという異例の状態だったそうだ。6人ほど並んでいた、とのこと。
福島原発事故に対するレスポンスとして作られた映画であることは間違いないが、日本人にはそれが、想定外の事態への対処という普遍的な主題として世界で通じるかどうかの判断は難しい。アメリカの映画評もいくつか読んでみたが、ニューヨーク・タイムズを初めとして、福島原発事故に全く言及していない評も多くあり、rogerebert.comは「福島へのレスポンスだが、間接的なものでしかない」と書いていて、日本人にとっては驚きだ。


夫は、911の際のワールドトレードセンターのがれきを思わせるカットもあるとはいえ、福島原発事故にあまりにも依存しすぎていて、日本人以外の観客にとって映画自体では自立し得ない、怪獣映画というよりは政治映画になってしまっていると感想を述べた。さらに、ゴジラは自然災害ではなく生物だといっているものの、ゴジラに表情がないため、 象徴的な存在になってしまっている、したがって、個性の中から普遍を生み出すことに失敗していると語った。また、伊福部音楽を再録音することなく、オリジナルをモノのまま使っているので、スケールが小さく聞こえる。新しい音楽は付け足し感ありチープ(アニメっぽいが、エヴァの音楽か?)。


スクラップ&ビルドという、実際の震災後の日本とは違うポジティブなメッセージが示されている、つまり今の日本人が聞きたいと思うことを示しているから、日本で大ヒットしたのは納得だ。しかし、アメリカの属国ではあるが自分の意志を持って外交し、非常時に武器使用決定の権限が総理に委ねられるという内容は、集団的自衛権行使などを巡る安倍のタカ派的姿勢を支持しているようにも見える。映画を支持した多くの人たちは、私の知っている限りでは高校生女子も主婦も特撮ファンのおじさんも、安倍の防衛姿勢については日本国民の大多数同様に不支持だと思うのだが、そうしたことについての疑問は日本ではどのように論じられているのだろうか?ポジティブなメッセージに惑わされて、そうした面が見えなくなっていると怖いなと思った。


福島原発の凍土壁を受けてと思われる、ゴジラを凍結させるという最後の解決法は、福島同様に恒久的な対策ではない。その場しのぎにはなっているだけ、福島よりましだが。官僚たちを、日本を救うヒーローとして描いていても、その場しのぎの対応しかできない様子を描くことで、当時の枝野官房長官など多数の政府協力があるにもかかわらず、かろうじて日本政府&自衛隊プロバガンダにはなっていないが。


映画が終わって拍手が起き、人々がしゃべり始める活気は、最近見たどのハリウッドブロックバスターにも優るものだった。重要人物のみしかクレジットの英語字幕が出ないにもかかわらず、「終」の字が出るまで殆どの観客が残り、ゴジラへのリスペクトを感じた。