Pan’s Labyrinth 

 
1944年、フランコ独裁下のスペインを舞台にしたギレルモ・デル・トロの新作で、同監督の最高傑作でもあるファンタジー作品。スペイン市民戦争下での少年を描いた同監督のThe Devil's Backboneよりも、ファンタジーと政治がはるかに巧みにミックスされており、やはりフランコ独裁下の少女の視点から描かれたファンタジーの傑作「ミツバチのささやき」を連想させるが、はるかに直接的に暴力が描かれている。

童話好きな少女オフェリアは、妊娠中の母と一緒に街での暮らしを捨て、フランコ派の軍人である冷たく厳格な義父が指揮する、山中のゲリラ掃討基地で暮らし始める。女中のメルセデスは、引越してきたばかりの少女を優しく気遣うが、フランコに反対するゲリラへの支援も、ひそかに行っている。妖精に導かれて、オフェリアが森の中の迷路を抜けると牧神が現れて、実は少女は地底世界の王女だと告げる。が、地底に戻るには、幾つかの課題を果たさなければならない。

同程度のCGを使ったハリウッド作品はいくらでもあるが、物語とうまく結びついて、目を楽しませながら、わくわくどきどきさせてくれる。地底に戻るための試練こそ描かれるが、あこがれの対象である地底世界はほんの少ししか登場しない。ファンタジー世界そのものよりも、空想世界に焦がれ、たどりつこうとする少女の気持ちを描いて、たっぷり感情移入させてくれ、少女の空想を信じない大人たちの姿を通しても、ファンタジーとは空想する心そのものである、ということを体現している。

オフェリアの住むファンタジーの世界と、悲惨な内戦の現実が並行して描かれ、義父から逃れたいと願う少女の空想世界の美しさを強めているが、ファンタジーといえど現実とは無縁ではいられない。口答えせずに非人間的な課題に従わなければならないファンタジーの中の試練は、義父が命令を下す様と重なる。

生だけでなく死まで含めた、同じ出来事に対する大人と子供・性別・力関係など異なる受け手による異なった受けとめ方の描写も、より作品世界に厚みを与えている。オフェリアは牧神からマンドラゴラをもらい、母のベッドの下に入れ、母の体調は良くなる。が、それを見つけた義父は、得体の知れないものを病人に与えるなんてとんでもない、とオフェリアを折檻しようとする。母は、義父に従うように、オフェリアに哀願する。

引き抜こうとすると悲鳴を上げ、その悲鳴を聞くと死んでしまうといわれる、ファンタジー・ファンにはお馴染みの妙薬マンドラゴラも、期待を裏切らない映像で満足。主人公が初めからは可愛く見えないのも、ファンタジーのお約束だ。オフェリア(イバナ・バケロ)初め、メルセデスマリベル・ベルドゥー(「天国の地、終わりの楽園」)らキャストも秀逸。

Army of Shadows 影の軍隊


ジャン=ピエール・メルヴィル監督。1969年制作だが、アメリカでは去年初公開され、ビレッジボイス紙の2006年ランキングでは、多くの映画批評家が去年最高の映画としてあげていた。

ナチスドイツ占領下のフランスを舞台に、レジスタンス活動の闘士たちを描く。地下生活、友情、裏切り、恐怖。ナチス側だけでなく、レジスタンス側も裏切り者は許さず、拷問合戦が繰り広げられる。

前日に見たPan’s Labyrinthの方が、同じ国民同士が戦わなければならないという点ではより過酷な背景だが、こちらはファンタジーの余地などまるでない、過酷な現実だ。映像もホラー映画のように暗く重く、緊張感が持続するので、眠気を誘われるときもあるが、おいしいオヤジ顔の大集合は眠気を吹き払ってくれる。縛られるものが多いタフな男の世界を描く、昔のフランス映画と日本映画は、うまそうなオヤジの宝庫。見ていて楽しく引き込まれる感じは、Pan’s Labyrinthの方が上だったが、後に残る余韻はこちらの方が数段上。収容所に入れられ、ゲシュタポから脱走する主人公のフィリップ(リノ・ヴァンチュラ)と、有能なレジスタンスで人情家のシモーヌ・シニョレの演技が特に素晴らしい。