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謎があえて解決されないミステリーだが、謎解きは問題ではない。曖昧な現実の投影でありながら、同時に素晴らしい逃避でもある、謎が謎を呼び、確かなものは何もない状態を楽しむ、うまいつくりの映画。「ピアノ・ティーチャー」のミヒャエル・ハネケ監督。

人気TV司会者ジョルジュ(ダニエル・オートゥイユ)と編集者の妻(ジュリエット・ビノシュ)、12歳の息子が暮らす家に、彼らを隠しカメラで撮ったビデオが送られてきた。何度か違う内容のテープが来たが、脅迫状すらなく、テープと、子供が書いたような不吉で暴力的な絵だけだ。

彼らの不安を描いているが、脅迫者の要求が分からないだけでなく、テープと、結末近くで起こる、非常に衝撃的な出来事を除いては(私の隣の女性は、Oh my god…と1分ぐらい言い続けていた)すべてが不確かだ。脅迫の原因らしい過去の出来事も描かれ、ジョルジュが幼い頃、一緒に暮らしていた同い年ぐらいのアルジェリア人少年が、謎の鍵を握っているようだが、脅迫の動機も不十分で、ジョルジュが過去を本当に思い出せないのか、知っていても妻(と観客に)隠しているのかどうかも不明だ。エンドクレジットが流れる最後の場面で、どうやら何事か起こっているが、これも断定はできない。

最初の場面は、一家が住む家を外から映している、平凡といっていい、パリの路地のショットだ。が、オープニングクレジットが終わるまで、画面はまったく動かず、不安な気持ちにさせられたところで、盗撮テープの一部である、ということが分かる仕掛けになっている。作品を通して、テープとそうでない部分が巧みにつながれ、誰がどこから何のために隠し撮りしているのか謎が謎を呼び、不安が高まっていく。

不安が増す中での夫婦喧嘩は痛い。夫婦は別々の個人だと認識しながらも、相手を非難することは自分を非難することでもある、とも分かっていて、それでも傷つけあう、結婚して数年以上たった夫婦喧嘩の痛さだ。またジュリエット・ビノシュのぼてぼてボディに不幸な話か、と実はあまり見る気がしなかったが、上半身だけだったら、やはりうまい役者だ。ジョルジュの母役アニー・ジラルドの、何も言わない息子の不安を察知しながら、老人としての自分を分析するしゃべりも、不安な世の中を生きる身につまされる。

性が直接語られることのない映画の中で、なぜか一番エロティックなのは、文学トークショウの司会者である主人公の家の、床から天井まである本棚の本。高そうなモダン家具には興味ないが、あの本棚はほしい。

*雪の降る大晦日夕方の回に見たが、マンハッタンでは2館のみの上映のせいもあってか、ほほ満員だった。「ピアノ・ティーチャー」でのカンヌ受賞(これは監督賞受賞)と、いろんなところでベストオブ2005に取り上げられているからかな。
去年の映画で、印象に残ったのは、これやA History of Violence, Land of the Deadなど心理的精神的な暴力を考察したものが多かった。