The Pervert’s Guide to Cinema 変態のための映画ガイド


そそられる題名は、脚本・出演の精神分析家/哲学者のスラヴォイ・ジジェクが「映画は観客が欲しいものを与えるのではなく、どのように欲望するかを教える、究極の変態芸術」と見なしていることから付けられた。ジジェクは、ヒッチコックデビッド・リンチなどの良く知られた映画の精神分析を行い、彼自身も分析する映画の場面に入り込む。

という前提は非常に魅力的で、インテリ映画おたく(だと思う)が月曜夜MOMAに集まった。が、最初は受けていた満員の観客も、2時間半という長さに、だんだん静かになっていき、最後はまばらな拍手だけだった。

「鳥」「サイコ」「めまい」「ブルーベルベット」「マトリックス」「カンバセーション」「惑星ソラリス」「トリコロール/青の愛」など新旧の名作からの場面が大画面で見られたのは感激だった。が、残念ながら分析自体は、なるほどと思うことはあっても、新鮮な驚きはない。例えば、マルクス兄弟の「我輩はカモである」のクリップを見せながら、グルーチョ超自我、チコは自我、ハーポはイドである、と説明する。精神分析用語を持ち出さなくても、彼ら兄弟のそれぞれ異なる人格が離れがたく結びついて、独自のギャグ世界を生み出していることは、マルクス兄弟の作品を見たものなら誰にでも分かることだ。

現在の精神分析はフロイドから出発して多様化しているはずだが、分析の殆どがフロイド理論のみに基づいている印象を受け、どうも古臭い。映画と観客の関係についての考察の他は、性的欲望や親子関係(エディプス・コンプレックスなど)の分析が繰り返される。「鳥」の攻撃は、母親のエゴの爆発である、などなど。

マトリックス」でモーフィアスがネオに赤と青の錠剤を示す部屋など、分析している場面に入り込むギャグも、エスカレートすることなしに、たびたび繰り返されるので、笑えなくなってしまう。

一番問題なのは構成である。もともと、イギリスのTV局チャンネル4のドキュメンタリーとして作られ、三部構成になっているが、それぞれにサブタイトルがあるわけでもなく、同じ作品やテーマが別の部で繰り返されるので、構成の意図が不明だ。精神分析の手法そのままのような、stream of consciousness(意識の流れ)の垂れ流し的で、一つしか持ちネタがない、まとまりの悪い講義を聴かされたようだった。監督は、レイフ・ファインズの妹ソフィー。

心温まる終わりを狙ったのか、最後をチャップリンの「街の灯」でしめたのも古臭い。観客の反応を見ても、マルクス兄弟のほうが古くなっていないのに。知名度が「鳥」などに比べて低いためだと思うが、ヒッチコック作品でずばり精神分析が主題である「白い恐怖」を全く取り上げていないのも納得がいかない。無意識を分析するには良い題材だと思われる、シュールリアリストの映画やベティ・ブープ作品も登場しなかった(「不思議の国のアリス」はあっても)。「ファイト・クラブ」「エイリアン4」「スター・ウォーズ3」なども少し出てくるが、繰り返されるのはヒッチコックとリンチだ。この両監督の作品は明らかに分析欲をそそるため、すでに映画ファンによって繰り返し分析されていて、新鮮味がない。

作品で分析されている「我輩はカモである」「ワイルド・アット・ハート」なども同時期にMOMAで上映された好企画だったが、肝心の中心作品が、いくらでも面白くできる題材のはずなのに、お粗末で残念。