Valkyrie ワルキューレ


トム・クルーズが、ヒトラー暗殺及びクーデターを企てたナチス将校を演じる。ブライアン・シンガー監督。歴史に基づいた面白い題材なのに、暗殺を実行するまでの準備がちっともスリリングでない。ケネス・ブラナーテレンス・スタンプらが、暗殺計画に加担したナチス将校を演じるが、彼らの性格の違いが浮かび上がってこない。実行までの過程で描かれる計画者が多数いるための官僚主義に加え、暗殺が成功したかどうかが不明確なために保身に走る将校の姿など、暗殺計画実行後にクーデターを遂行しようとする際の混乱の方が面白かった。現実には存在しない、ハリウッド訛りのドイツ英語が聞こえなかったのは良いが、ヒットラーのしゃべる英語がイギリス訛りなのは致命的。背景もドイツらしく見えない。ちなみに、2008年のトム・クルーズの演技は、「トロピック・サンダー」のカメオ出演が「マグノリア」と並ぶくらいすごかった。
ジェームズ・メイソンがロンメル将軍を演じた「砂漠の鬼将軍」でも、同じ暗殺計画を扱っている。祖国の敵であるヒトラーを倒そうとする愛国の英雄としてロンメルが描かれている(彼の計画への加担は証明されていない)51年のハリウッド映画(フォックス制作)は、ヒットラーが唯一の悪人で、他のドイツ人に罪はないという印象を与える、臆面もないプロパガンダだ。ニュルンベルグ裁判が終わり、ドイツが東西に分かれ、西独がNATOに加盟する3年前の作品は、西独を西側に迎え入れるアメリカの立場を正当化するために、ドイツの戦争犯罪ヒットラーだけの罪に単純化する。第二次世界大戦の戦闘場面に殆ど記録映像を使用しているのも、プロバガンダ性を強めている。ブッシュ政権プロパガンダ媒体であるフォックスが、当時から政権べったりなのが興味深い。
トム・クルーズの「ワルキューレ」も、基本的にはヒトラー暗殺計画者=英雄という同じスタンスだが、その内部には日和見官僚主義があったりと、多少複雑になっている。