Let the Right One In


ここ数十年のヴァンパイア物では最高作と言える、スウェーデンティーン吸血鬼映画。同名のベストセラー小説からの映画化だが、やはり最近公開されて酷評の嵐だった「トワイライト」とは段違いで、ビレッジボイスなど有力紙多数が2008年のベスト10に選ぶなど高い評価を受けている。
両親が離婚し、友人もいない孤独な12歳の少年は、隣のアパートに引っ越してきた同い年の少女を部屋の窓から見ている。ストックホルム郊外の、寒い雪の夜だ。どこにも居場所がない者同士である少年と少女はやがて仲良くなるが、二人の友情が深まるにつれ、少年は少女が吸血鬼だと知る。
寄り添いあう二つの孤独な魂が、疎外感を強調しながら美しく描かれている。覗きという孤独な行為が繰り返される。冒頭の引越し場面から始まり、少年と少女はお互いを覗き合い、隣人は少女が他の隣人を襲撃するのを偶然覗き見る。隣同士である二人の部屋の窓と、その中の二人がそれぞれ見える、スプリットスクリーン的なショット。雪に閉ざされた夜。二人が仲良くなるきっかけであるルービックキューブやモーリス信号などの小道具。
これらと物語がパズルのように無駄なく組み合わさり、自然なリアリズムを表現すると同時に、最後まで意外な展開に必然性をもたらしている。はっとさせられるショットも時々あるが、主張し過ぎない美しさだ。同様に、抑え目のリアリズムが光る。襲撃して血を吸う場面は必要以上に血みどろでなく、省略が効いている。少女が飛ぶカットは写らず、こうもりも十字架もニンニクも出てこない。少年をいじめる同級生や、雪の夜に近所の食堂で酒を飲む隣人たちなど二人を取り巻く人たちも、いかにもその辺にいそうな感じだ。ただ一つ普通でないのは、少女が吸血鬼であることだが、たまたま好きになった人が吸血鬼だったという自然な印象を与える。一歩間違えるとコメディになりかねない設定が、はみ出し者同士の魂の交流としてシリアスで詩的に描かれており、二人の運命がどうなるのか本当に気になってしまう。少年と少女の演技も優れており、特に少女役リナ・レアンダーソンの表情豊かな目が素晴らしい。少女の正体が分ってからの少年の葛藤も、手にとるように伝わってくる。トーマス・アルフレッドソン監督。