Katynカチン 


第二次世界大戦中にソ連ポーランド将校らを大量虐殺し、その後半世紀も黙殺された「カチンの森事件」を描いたアンジェイ・ワイダ監督の「カチン」は生きてて良かった、この作品世界の中に生きていなくて良かったと、震えるように思わせてくれる稀な作品だ。見終わってから、ダンナと猫二匹を抱きしめた。
物語はポーランド将校とその妻を中心に展開する。スターリン体制下のソ連が行い、ゴルバチョフが認めた大虐殺は、一般に思われているように(とはいえ、現在でもあまり知られていないが)将校だけでなく、エンジニアやインテリなど民間人も含まれ、ポーランドの国自体とその再建を抹殺しようとした試みだった。一方、ナチスクラクフの大学を閉鎖して教授らを収容所に送り、その中には主人公の父がいる。
正直言って、まだ生きていたとは知らなかったが、さすが巨匠ワイダ監督、淡々とした確実なタッチが事実の重みを伝える。監督の父も事件の犠牲者であり、82歳の監督の長年の執念がこの作品を撮らせたに違いない。主人公が残した手記によって明かされていく、約1万5千人を虐殺し、まとめて埋めた事実はもちろん衝撃的だが、国家による長年の事実隠匿がもたらした、残された人々への影響はさらに衝撃的だ。
ドイツ軍はソ連を非難して、ボルシェビキの脅威に対する自国のプロパガンダとして事件を利用するが、戦争が終わるとソ連ヒットラーのドイツが行ったと告発する。共産圏に属するポーランドソ連に遠慮して真相を究明せず、真実を伝えようとする遺族は犠牲者の墓標に死亡の日付すら刻めない。この作品世界の中にいなくて良かったと思うと同時に、社会主義体制に限らず、国家による統制の恐ろしさが背筋から寒々と伝わってくる。芸術家を目指す遺族の若者により、かすかな希望が提示されるが、無残にも打ち砕かれる。それでも、82歳の監督がこのような傑作を撮ったということ自体が、体制に個人が翻弄される世界を描きながらも、人間性に対する希望となっている。人口3900万のポーランドで270万人もが見た作品だが、歴史と現在に興味がある全ての人に見てほしい映画だ。