ウィーンへの旅 2


10月10日(日)
「Anker」というパン屋チェーンで朝食。カプチーノに似たメランジェ・コーヒー、バター・クロワッサン。


アウグスティン教会で,朝11時のシューベルト・ミサ第2番(G Major, D167)。この後ゴシック教会を沢山見るが,これが最初である。コーラスとオルガンが天上の音楽のように響き,特に「キリエ」はとても美しい。が,音楽と語りで構成されたミサ全体は、世俗的に演出されたロックコンサート(オペラというべきか)を連想させる。一段高くなった舞台から,司祭が聴衆とコール&レスポンスを行い、聖なるパンと献金のフェティッシュ的交換は,コンサートでのツアーTシャツ購入を思わせた。電気がなかった時代の司祭は、さらにカリスマ的に見えただろう。マイクなしで通る声は大きな教会で必須だったろうし、ろうそくの照明は少々の顔の欠点も隠してくれる。

しかし、ミサの終わり近くに回ってきた献金集めの女性から無言のプレッシャーを感じたのは,美しい音楽の後だけにやや興ざめだった。ミサ中の献金は教会へ、ミサ直後出口で集める献金はミュージシャンに行くとプログラムに書いてあったので、大きなカソリック教会や組織は官僚みたいでいけすかないと思い、素晴らしい音楽を演奏したミュージシャンに献金したのだが。


カトリック司祭の登場が仏教的だったのも新たな発見だった。袈裟のような長い金のローブを着て、オリエンタルな強い香りの香をささげもち、白い煙を手でまき散らしながら,通路を歩いてきた。ペルー・クスコのカトリック教会の木の彫刻も仏教的な印象だった。近代以前の文化に西洋と東洋の融合が多く見られるのは不思議だ。物理的距離が近くなった近代以降のほうがしばしば,西洋と東洋の違いが歴然としている。


教会の近くを歩き回る。今回の旅行は夫が地図担当なので,私は安心して、美しい装飾のドアや門を見るたびに立ち止まって写真を撮り、猫のように散歩した。ベートーベンゆかりの場所から場所へ,イースターエッグを探すように歩きつつ,時間をかけて途中の町並みを楽しんだ。しかも,ベートーベンときたら,結構しゃれた場所を知っている。






カフェ・ハヴェルカは,クラシックなコーヒーハウスの中で最もボヘミアン的と言われているだけあり、トイレでは、レズビアンらしき女の子が普通よりフレンドリーにハローと言ってきた。メニューはなく、コーヒーとスポンジケーキが一種類あるだけ。メランジェとウインナコーヒーを頼んだ。さすがにおいしい。他の有名な老舗コーヒーハウスよりも気取らない古さが落ち着く。



ブルグ劇場ツアー。ネオクラシック様式の元宮廷劇場で、豪華絢爛な入口大階段の天井には、演劇を主題にしたクリムトフレスコ画がある。



パスクアラティ・ハウス。ベートーベンの住んでいたアパートが,ベートーベン関連の複製楽譜や絵を展示した記念館になっている。彼が住んでいた部屋は現在でも人が住んでいるので,その隣の部屋だが。ウィーンだけで約70回も引越ししたベートーベンだが、この建物は気に入っていたようで、何回か住み,オペラ「フィデリオ」などを作曲している。建物の中の階段は当時のまま。ベートーベンを待つつもりで、アパート前の石段に座ってみた。



アイリッシュパブMolly's, アイリッシュシチューとハウスワイン。悪くはない。


ブルグ劇場隣の仮設テントでは、ウィーン市選挙後のパーティーが開かれていた。保守派が勝ち、社会党が負け,これは負けた側。店は閉まり、カフェやレストラン、劇場しか開いていない日曜夜の人ごみが目立ったので、若者二人に何の集まりか聞いてみた。彼らと,ウィーン政治やオバマについて数言話す。ウィーンでは、オバマ就任の反応はアメリカほどクレイジーでなかったが、いまだに人気があるとのこと。ビール飲んでいきなよといわれたので、うまい生ビールをただでごちそうになる。とはいえ、年配のおっさんから観光客が何してる的な視線を感じて、早々に立ち去る。


シュテファン大聖堂。町の中心部のどこからも見える、いかにもゴシックな、圧倒的にそびえ立つ教会だが、中身は外見ほどでもない。が、アメリカのどの教会よりも感心する。大きなパフェやアイスなど甘いものメニューが豊富なチェーン店のカフェZanoni & Zanoniで,オレンジスパークリングワインを飲む。


500年以上の歴史のあるレストランGriechen Beisel。500歳よりは若い、観光客らしい上品なおじいさんが笑顔満面に抱きついてきたので、一緒に記念撮影。中世レストランから数メートル先の頭上には、ユーゲントシュティル(アールヌーボー)のからくり時計がある。店が両側に並ぶ狭い抜け道を通り、ホテルに歩いて戻る。ライトアップされたオペラハウスが美しい。





10月11日(月)
朝食-フルーツペストリー、クライナー・ブラウナー(泡立てたミルク入りのシングルエスプレッソ)。スーパーマーケットでカメラ用電池。


ホーフブルク宮殿


売店にいた、ジャームッシュの映画の一場面のようなおじさん三人。


銀器コレクションは,微妙にしかディテールが違わないものも含め、あるもの全部出してきた感じの、北朝鮮の宝物館を思わせるディスプレイが殆どで,効果的な見せ方が下手(写真は一番整理されているもの)。ブルーミングデールズの食器売り場のほうがよっぽどいい。ウィーンの人たちはディスプレイが下手らしい。古い建物の素晴らしさにウィンドウが負けていて、買い物欲がおこらない。高級ブランド店のウィンドウも、他の国と比べるとやや垢抜けない気がする。靴屋もアクセサリー屋もフリーマーケットでも量で勝負の世界だったので、おそらくウィーンの人はこれが好きなのだろう。NYのデパートのディスプレイの素晴らしさは,ショウビズの国アメリカならではだが,ウィーンだって演劇文化が盛んなのに不思議だ。



ハプスブルグのものと思われる城を描いた皿のシリーズも悪趣味で印象に残った。食べ終わってからも城の絵を見せられるなんて、せっかくのご馳走の味もわからなくなる無粋だと思うのは、私が権力に興味のない一般人だからなのか?売店にあったマリア・テレジア肖像画のコピーも、毛皮のショールの前を開けて宝石を見せ、王冠だか地球儀だかに手を乗せているという、あまりにも分かりやすい権力の誇示と執着をあらわしていて面白かった。


エリザベート王妃(シシー)博物館- 人が多すぎる。
皇帝の住居- シシーのベッドや皇帝の机など思ったより豪華でなく、現在の金持ちのものとしても通じそう。白い巨大な彫刻付の暖房器具が部屋の隅にあったが、似たようなものを市中のアンティーク屋でも飾っていた。


夫は、ベートーベンの交響曲第7番が初演された舞踏場に入れず、見るからにがっかりしていた。一時間ほどうろうろした挙句、閉まっていた。


ユーゲントシュティルの温室がカフェになったパルメンハウスで、公園の緑や池を眺めながら昼食。グリューナー・ヴェルトリーナー, ニョッキ, フランクフルトに似たSacher-Wurstソーセージ。天気がよく、ワインが美味しい。


オットー・ワーグナー・パビリオン
19世紀末の建築家オットー・ワーグナーが設計した鉄道駅舎。ひとつはカフェとして使用され、もうひとつは地下鉄駅の入り口として一部が使われている。細部は美しいが、当初の目的をフルに果たしていないためか、廃墟感あり。


アン・デア・ウィーン劇場
ベートーベンのオペラ「フィデリオ」やモーツアルトの「魔笛」が初演された劇場。少人数の懇切丁寧な2時間のドイツ語ツアーで、きらきらの舞台から暗い回転舞台の底、楽屋裏の衣装やカツラまで、すべて案内してくれた。ガイドのフィリップ・ワーグナー氏は、アクセントが全くない英語で私たちの質問に答えてくれた。彼のガイドは情報豊富で、ドイツ語でも英語でも客を笑わせ、私の頭にモーツァルト時代の人のようなプラチナブロンドのカツラをかぶせてくれた(アジア版マージ・シンプソンのようになった)。小池朝雄を少しアク抜きしたような顔のドイツ語ぺらぺら日本人も,ツアーに参加していた。


ウィーン最大の食料品市場ナシュマルクトで夕食。1916年からあるパブに入ったが、月曜の6時というのに満員で相席しかなかった。私たちが迷っていると、人のよさそうなおじいさんたちが手招きするので、彼らのテーブルに座った。ドイツのBad Emsから来たグリークラブ演奏旅行中の、気持ちのいい愉快な人たちで、ビールを二杯おごってくれた。ダンケ!英語は若い世代ほどうまくないが、音楽について語るには十分だった。ウィンナーシュニッツェルとグーラッシュも美味しかった。ここにも犬がいた。


ミヒャエル広場。白い大きな彫像が沢山ある。


ホテル・ザッハで、有名なザッハトルテを食べる。おいしいが世界一の味ではない。ウエイターはぶっきらぼう、コート係も携帯でプライベートな会話をしていた。どちらも美形ではあるが。デメルに行けばよかった。


レオポルド美術館カフェでグリューナー・ヴェルトリーナー。地元の若者と観光客両方でにぎわっていた。地元の若者を見るのは楽しいが、観光名所の中のカフェ以外に行く場があまりないのだろうか?