尺取虫


ある夜,帰宅途中の地下鉄で尺取虫を見かけた。
それは鮮やかな緑で,女性客のトマト色のトートバッグをうれしそうに上下運動していた。
私は,仕事疲れかと思い目を閉じた。が,まだそこにいた。そればかりか,斜め運動までが加わった。


何か言うべきか,一瞬迷った。でも,知らない人に『エクスキューズミー,あなた尺取虫ついてますよ』というのは難しい。若く,おしゃれな女性相手だったらなおさらだ。彼女に気まずい思いをさせたくないし,満員の地下鉄でのパニックも避けたい。尺取虫だって,地下では行く場所もない。


いろいろ考えたが,結局黙って地下鉄を降りた。彼女も尺取虫も,無事に家に帰れるようにと願いながら。