Miss Bala

アメリカとの国境にあるメキシコ・ティフアナに住むスレンダーな美少女ラウラは、憧れのミス・バハ・カリフォルニアの座を獲得する。しかし、間もなく麻薬密売組織との関与の疑いで逮捕され、そのタイトルを剥奪される。このありえないような設定のスリラー映画は、タイム誌などで国際的にも報道された、ミスコンの女王ラウラ・スニガの事件が元になっている。スニガは2008年10月にミス・ヒスパニック・アメリカで優勝、12月にはボーイフレンドを含む7人の男たちと共に麻薬密売容疑などで逮捕された。

ラウラ・スニガ

映画「Miss Bala」のラウラ

http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1868836,00.html

ラウラ(ステファニ・シグマン)は、布を売って父と弟とささやかに生計を立てている。貧しい生活から抜け出すためにミスコン出場を目指すが、友人と出かけたナイトクラブで、取締官たちが麻薬組織を襲撃する場面に出くわす。ラウラは激しい銃撃戦を逃げのびるが一緒に行った友人が行方不明に。親切そうな交通警官に助けを求めるが、パトカーで連れて行かれたのは当の麻薬組織だった。組織のリーダーは、襲撃現場を目撃したラウラの命を助ける代わりに、彼らの犯罪に手を貸すよう求める。住所を聞かれ、ミスコンにも優勝させるといわれ、家族を巻き添えにしないためには、どんどん深入りしていくしかない。題名の「Miss Bala」はスペイン語でミス銃弾の意味。

ラウラの視点に常にぴったり寄り添った作品で、平凡な市民が自分の意思に関係なく麻薬戦争に巻き込まれるメキシコの現状が伝わってくる。映像もスタイリッシュで、アートハウス系スリラーといったところ。ラウラ役のシグマンは本作が長編映画初出演で、自分の美を知りながらもミスコン出場者としてはまだ自信が持てない存在であり、犯罪組織に対してもやはり怯えるしかないラウラ役に適役で、好感が持てる。とはいえ、映画作品としてより説得力を持つためには、厳粛一辺倒のラウラの視点から離れてみることも有効なのではと思った。しかし、メキシコの現状は、そんな部外者の呑気なコメントを受け入れられないほど切羽詰まっており、その切迫感は間違いなく伝わってくる。メキシコ政府は1月11日、2006年に始まった麻薬戦争の死者が累計47,515人になったと発表した。


18日のニューヨーク・タイムズが、逮捕されたメキシコ麻薬王たちの家の写真を長文記事と共に紹介しているが、これが実に面白い。現実の「スカーフェイス」邸と言えるが、現実は映画よりも興味深く哀しく、写真からいろんなことを考えさせられる。麻薬王の家というと、金はかかっているが派手で悪趣味な豪邸をイメージするが、殆どはそのイメージと異なる。70〜80年代、90年代初期までは、麻薬王が豪邸に住んで、ギャング加入希望者や競争者に権威を誇示することが効果的だった。しかし、麻薬組織間の抗争やメキシコ・米政府の取り締まりが激しくなるにつれ、麻薬王たちは豪華な新築を建てるのではなく、中古を買うといったように比較的目立たない家に住むようになる。良い地域にはあるものの、一番良くて殆どは中の上といったところだ。もちろん日本の家に比べたら格段に大きいが、がらんとしていて豪邸感はあまりなく、家具調度も大して高級には見えない。銃跡もあり、つわものどもが夢の後といった廃墟のようだ。

多くの麻薬王が自宅で仕事をするので、仕事と生活がミックスしていた証拠も見られる。逮捕から約1年たっても、ビニール袋、輪ゴム、グロック拳銃の空ケースなどが残っている絵もある。
若手の密売人は、自らを誇りに思っていると同時に空虚である。冷蔵庫の扉には、トレンディで値段が高すぎるとされている寿司レストランのメニューが貼ってあった。

覚醒剤の材料を密輸していた中国系メキシコ人が住んでいたガラス張りのプール付き豪邸(写真)のバスルームには、息子たちのものらしい子供用歯ブラシ3本が残されていた。主寝室には息子の写真と絵、注射器、ベレッタ拳銃の空ケースがあった。ある麻薬王は、逮捕時の銃撃戦の最中、11歳の娘といた。メキシコの社会学者の一人は、子どもは麻薬王の生活にとって大事である。なぜなら、彼らは自分たちの財産を引き継いでほしいと思っており、自分たちが働いている目的である愛する人々に身近にいて、彼らの仕事の成果を享受してほしいのだと語る。
http://www.nytimes.com/2012/01/19/garden/inside-the-homes-of-mexicos-alleged-drug-lords.html?ref=style