The Wrestler


ミッキー・ロークのそして、大傑作「レクイエム・フォー・ア・ドリーム」後に音沙汰がなく、2006年に大駄作「ファウンテン」が公開されたダーレン・アロノフスキー監督の復帰作という評判の高い作品だが、がっかりした。80年代スターの復帰作で、落ち目のスター自身と作品が交錯する作品としては、ジャン=クロード・ヴァン・ダム主演の「JCVD」の方がはるかに面白い。
始めから勝ち負けが決まっているショウとしてのレスリングの内幕を見せる出だしは面白かったが、ロークが演じる落ち目で私生活でもダメなレスラーに共感しきれなかった。彼の演技は非常に評判が良いが、「シン・シティ」の方がはるかに存在感があった。プロレスラーがいかに体に悪い仕事かを最初に見せていくので、彼が心臓発作を起こしても驚きがない。他にしがみつくものがなく、医者に反対されてもプロレスを続ける彼に対して、舞台となっている退屈なニュージャージー州(私の夫の家族や知り合い多数が住んでいる)に住む殆どのダメ男はプロレスすらないのになあと思ってしまった。だから、人生捨ててるように見えても、ある意味しあわせな男の話ではある。
物語の語り方や映像も、早いカットを多用した斬新な映像で、4人のジャンキーの姿を腸をえぐるように描いた「レクイエム」を撮った監督とは思えないほど普通すぎて、ありふれたダメ男である主人公への感情移入を可能にする演出や編集のひねりが欠けているように思えた。(特殊な主人公でありながら、CGを巧みに駆使してぐいぐい感情移入させる「ベンジャミン・ボタン」と対照的)普通に感動的な作品を狙ったのだろうが、疎遠だった娘と心臓発作後に再会する場面や、行きつけのストリップバーで踊るマリサ・トメイとの物語は、どうもお涙頂戴の不自然さが気になる。トメイは子持ちで売れない年増ストリッパーという、惨めなはずの役どころなのに、まだまだきれいすぎて汚れ方が足りなかった。
体を張ったショウマンであるプロレスラーとスタントマンの共通点や、虚構であるレスリングと現実の交錯は非常に面白かったので、もっと見たかった。試合がない時はスーパーマーケットで働き、白衣に着替えて従業員通路を通り、客のいる職場にたどり着くまでが、レスラーがリングに出るまでと重なるように描かれている。

Slumdog Millionaire


インド版「Who Wants to Be a Millionaire?」に解答者として出演しているスラム出身の青年が、問題の答えを過去の経験から導く様子を、フラッシュバックを繰り返して描くアイデアは新鮮。イギリスとインドの混合スタッフが、インドの歴史や風土と、世界各国でフランチャイズされているクイズ番組を一体化させた、真にグローバルな映画でもある。ムンバイのスラムで知恵と体力を駆使して生きる子供たちの姿と、荒涼として美しいスラムの景色との対象も印象的だ。しかし、長さを変化しながらも結局はTV番組の回答に戻っていく、フラッシュバックの繰り返しが鼻についてくる。かといって過去と現在をつなぎ、作品の軸になる主人公のロマンスが、それに勝るほど物語的にも映像的にも面白くもないのが難点。ダニー・ボイル監督。

Valkyrie ワルキューレ


トム・クルーズが、ヒトラー暗殺及びクーデターを企てたナチス将校を演じる。ブライアン・シンガー監督。歴史に基づいた面白い題材なのに、暗殺を実行するまでの準備がちっともスリリングでない。ケネス・ブラナーテレンス・スタンプらが、暗殺計画に加担したナチス将校を演じるが、彼らの性格の違いが浮かび上がってこない。実行までの過程で描かれる計画者が多数いるための官僚主義に加え、暗殺が成功したかどうかが不明確なために保身に走る将校の姿など、暗殺計画実行後にクーデターを遂行しようとする際の混乱の方が面白かった。現実には存在しない、ハリウッド訛りのドイツ英語が聞こえなかったのは良いが、ヒットラーのしゃべる英語がイギリス訛りなのは致命的。背景もドイツらしく見えない。ちなみに、2008年のトム・クルーズの演技は、「トロピック・サンダー」のカメオ出演が「マグノリア」と並ぶくらいすごかった。
ジェームズ・メイソンがロンメル将軍を演じた「砂漠の鬼将軍」でも、同じ暗殺計画を扱っている。祖国の敵であるヒトラーを倒そうとする愛国の英雄としてロンメルが描かれている(彼の計画への加担は証明されていない)51年のハリウッド映画(フォックス制作)は、ヒットラーが唯一の悪人で、他のドイツ人に罪はないという印象を与える、臆面もないプロパガンダだ。ニュルンベルグ裁判が終わり、ドイツが東西に分かれ、西独がNATOに加盟する3年前の作品は、西独を西側に迎え入れるアメリカの立場を正当化するために、ドイツの戦争犯罪ヒットラーだけの罪に単純化する。第二次世界大戦の戦闘場面に殆ど記録映像を使用しているのも、プロバガンダ性を強めている。ブッシュ政権プロパガンダ媒体であるフォックスが、当時から政権べったりなのが興味深い。
トム・クルーズの「ワルキューレ」も、基本的にはヒトラー暗殺計画者=英雄という同じスタンスだが、その内部には日和見官僚主義があったりと、多少複雑になっている。

Che Part1チェ 第一部

ベニチオ・デル・トロ主演、スティーブン・ソダーバーグ監督によるチェ・ゲバラの伝記映画。期待していたが、2時間あまりの作品(2部と合わせて計4時間以上)の内、1時間ほどたってもチェの人間像も物語も見えてこず、眠ってしまった。