This Film Is Not Yet Rated

djmomo2006-04-08


週末、「パルプフィクション」の深夜上映の時に、感想を記入するだけで、公開前の映画がただで見れる、とミラマックスの人に言われて、見に行った。実際に公開されるものとは、多少違うバージョンかもしれないことを、お断りしておく。

映画作品としての出来はよくないが、アメリカの映画システムについて考え、議論できるだけの情報と材料は提供している作品。Kirby Dick監督。

アメリカで上演される映画は、レーティング・システムにより、R(17歳未満は保護者同伴)やNC-17(17歳未満は入場不可)などの年齢制限がされている。レーティングを決めるのはMotion Picture Association of America (MPAA=アメリカ映画協会)だ。身分証をチェックする映画館もあり、NC-17に指定されると、大きなお得意さんであるティーンエイジャーの殆どを、観客として失うことになる。レーティングを拒否することも可能だが、マーケティングの仕様もなくなり、宣伝もできなくなる。そのため、暴力やセックス、乱暴な言葉などをカットして、せめてR指定を得ようとする。

この作品は、自作がRやNC-17指定を受けた映画監督たちへのインタビューを通し、レーティング・システムのいい加減さを暴いている。「サウスパーク」のマット・ストーンは、パラマウント制作の「チーム・アメリカ」の時はNC-17指定の根拠を具体的に示されたが、独立系スタジオで撮った「オーガズモ」の時は具体的な根拠は何も示されなかった、と憤る。

正常位と騎乗位はRで、それ以外のセックス形態はNC-17、男のマスタベーションはRだが、女の場合はNC-17、長すぎるオーガズム(!)もNC-17。などなど、女の性の喜びを否定する、時代と現状に即していないコンサバな基準の例が挙げられる。イラク戦争を描くドキュメンタリーでは、Fuck!を連発する兵士の場面が、NC-17に指定される。

ケビン・スミスは「マスタベーションしないティーンがいるか?」「暴力よりも不穏な場面は、レイプなど女性への侮辱だ」と語る(拍手しそうになった!お馬鹿で頭が良く、ユーモアがあって女性に優しいケビン・スミス!)。ジョン・ウォーターズは「子供にセックスは見せないが、暴力は野放しになっている」とアメリカ文化を批判する。

17歳未満(以下?)の子供がいることと、映画業界に関係していないことが、レーティング委員の条件だが、ディック監督が私立探偵を雇って行なった調査は、これらの建前をくつがえす。17歳以上の子供しかいない委員がいたり、大手映画館チェーンおよびスタジオ関係者の名前が挙がり、どう見ても業界内組織である。

が、この結論は全く意外でなく、クライマックスへと盛り上げる手法の下手さを脇に置いても「衝撃のラスト!」にはなりえない。委員の顔ぶれは公表されていないとはいえ、レーティングは映画業界によるもの、という正しい認識が、もともと一般にあるからだ。

指定基準の曖昧さ、くだらなさに対しての監督たちの体験談が長すぎ、他に語られるべき重要な問題点の描き方も足りない。

最初に指摘していた、映画スタジオがメディア大手の傘下にあるという事実と、レーティング基準の根拠の関連性も弱い。女性の喜びを「おそれている」と、レーティングを批判した監督のインタビューはあるものの、突込みが足りない。「ボウリング・フォー・コロンバイン」で描かれていたように、恐れや不安などのfearによる支配と被支配は、アメリカ社会を解く重要な鍵なのに。委員会メンバーに教会関係者がいるという点からも、超コンサバな基準を説明していたようだが、表層的に感じられた。

監督自身も探偵ごっこに加わり、画面に登場して、マイケル・ムーアを狙っているようだが、いまいち成功していない。ムーアほどおかしくないのに、自分はムーアよりもカッコいいんだもんね、という自意識が見えてしまうからだ。探偵場面も、笑いを狙っているとはいえ安っぽく、調査と作品自体を安っぽく見せている。

このように欠点だらけの作品だが、他にもダーレン・アロノフスキーアトム・エゴヤンキンバリー・ピアース(「ボーイズ・ドント・クライ」)ら映画監督のコメントは面白いし、大学のディベートのクラスには十分すぎるほどの材料を提供している。一晩中語れる話題なのに、突っ込みの浅さ狭さが惜しい!!