A Scanner Darkly スキャナー・ダークリー


フィリップ・K・ディックが自らのドラッグ体験を基にして書いた短編を、リチャード・リンクレイターが映画化。実写映像の上に直接トレースしてアニメに変換する、デジタルロトスコープという手法を採用している。

今から7年先のLAオレンジ郡では、物質Dと呼ばれる人格を破壊してしまう麻薬が流行中。キアヌ・リーブスのおとり捜査官が、私生活でも麻薬で有名なロバート・ダウニーJrとウディ・ハレルソン演じるジャンキーと住んでいる内に麻薬中毒になってしまう。

ロトスコープのため、登場人物が背景から浮き上がって見え、幻覚か現実かわからなくなり、身体と知覚が分離するような、頭をくらくらさせる映像が非常に印象的。ドラッグ感覚だけでなく、一般的な現実からの疎外感や孤独感の表現とも重なる。お互いをだましあう入り組んだ人間関係に加え、実際に起こっている出来事と捜査用の監視カメラで記録された映像の区別も曖昧で、捜査官としての自分とおとり用のジャンキーとしての人格の区別がつけられなくなっていくキアヌ同様、何が起こってるのかよく分からない。監視社会への風刺など政治的な見方もできるが、論理的な筋は必要なく、訳の分からなさを楽しむ作品として見た。

アニメになってもおかしい、口も手も顔もおしゃべりで漫画的なダウニーJrの演技は、2006年の最高のパフォーマンスの内の一つ。ウディ・ハールソンとの絡みも楽しい。一方、受身なキアヌと売人役ウィノナ・ライダーは、この二人に比べいまひとつ印象が薄い。キャラクター的にも、話の展開的にもそれで間違いではないのだが。

原作を読んでないので断言はできないが、ハイテクな世界の設定に気をとられてしまう「ブレードランナー」「マイノリティ・レポート」などより、映画としての出来は別にして、ディック原作の映画では一番、原作の身体感覚に近いような気がする。LAオレンジ郡という設定も、普通のアメリカに見えて、砂漠と山の中から湧き出たような土地に、保守的な高級住宅地やディズニーランドなどのテーマパークがあり、NYよりも非常に人工的でSF的だし。