United 93 ユナイテッド93

「ブラディ・サンデー」を見た後に、30年前の北アイルランドのことなのに、リアルな悪夢にうなされたので、やはりポール・グリーングラス監督による、この作品も見たくなかった。乗客、乗務員、テロリストたちを淡々と、日常生活の一部を切り取ったかのように、誰にも焦点を当てずに描いていくのを見ていると、その後に起こったことを思って、胃がきりきり痛み始めた。が、それも機内でテロリストたちの行動が始まるまで。ハイジャックが起こると、文字通りジェットコースター映画になってしまって、見やすくなってしまう。

血気にはやるテロリストと、それをおさえようとするリーダー、泣き叫ぶ乗客、やがて「何かをしなければ」と英雄になる乗客たち。全てがハリウッドの文法にのっとっていて、痛いほどの現実との距離は遠ざかってしまう(事実を述べた最後のキャプションで、現実との距離が再び近くなるが)。非常によく出来た、息もつかせないスリリングなジェットコースター映画ではあるのだが、作品の製作意図が私には分からない。同時多発テロを忘れないため?アメリカ人でなくとも、あの日にニュースを見た人は、一生忘れないだろう(程度の差はあれど)。映画のためのリサーチをいくらしても、機内で本当に何が起こったのかを知るのは不可能で、混乱はもっとひどかったかも知れず、逆に映画の中より整然としていた可能性もゼロとはいえない。勇敢な想像力には感心するが、何のため?直接的な批判は避けているが、軍と大統領の反応の遅さが描かれており、テロ後のアメリカの動き−イラク戦争に対する批判としては良いタイミングだ。客観的描写は主観的コメントより力強いときがあるから。

誰にも焦点を当てずに描いていくので、普通の映画の登場人物へのようには誰にも感情移入できない。それはかまわないが、命令の実行と部下のとりまとめに対するプレッシャー、愛する人との別れ、良心の呵責などを表現し、唯一複雑で興味深いのが、テロリストのリーダーってのはどうだろう。客観描写に徹した方が良かったと思うが、乗客=英雄なのでバランスが取れているんだろうか。

夫はその夜悪夢で寝付かれず、私はぐっすり安眠した。