Breach ブリーチ


アメリカの機密をソ連/ロシアに20年以上も売り続け、「アメリカ史上最悪のスパイ」と呼ばれた、実在のFBI捜査官ロバート・フィリップ・ハンセンをクリス・クーパーが好演している。勤続25年のベテランとして、おそれられながらも尊敬され、敬虔すぎるほどのカソリックで、妻を愛するよき夫であり、孫にも好かれている。一方、部下の妻にまで教会に行くことを押し付け、要求するハードルの高さと毒舌で周りを不安にし、妻とのセックステープを友人に郵送する歪んだ性的嗜好の持ち主でもある。FBIはハンセンにスパイの疑いをかけるが、証拠がつかめず、訓練生エリック・オニールを部下に仕立てて、ハンセンを見張らせる。

ハンセンは2001年に逮捕され、現在終身刑で服役中である。当時の司法長官アシュクロフトによる逮捕発表の映像が冒頭に流れ、結末が分かっているにもかかわらず、なかなか見せる。クーパーの名演による、ハンセンの興味深い人柄が一番の理由だが、任務に苦戦しながらも、疑り深いハンセンの信頼を勝ち取っていくオニール役のライアン・フィリップも悪くない。現在は弁護士となっているオニールが監修しており、現実味はあるものの、良くも悪くも地味で飾り気のない作品であるが。

対諜報活動のエキスパートで、コンピューターを武器としてきたハンセンは「FBIは銃文化が支配する場所」と語り、ソ連/ロシアのスパイとして働いた動機の一部を匂わせている。当然、スパイ映画という言葉で連想されるような銃撃戦もない。平日昼間の映画館では、迷惑なローティーンのグループが通路をドタバタ走り回っていたが、上映が終わってから「ドンパチがないじゃん!」とがっかりしていた。なぜこんな地味な映画に子供たちが、と思った謎は解け、少々彼らに同情したくなった。映画の後に飲んだホットチョコレートの至福感には及ばなかったから。去年オープンしたチョコレート専門店マックス・ブレナーで、3.95ドルもするが最高に美味しい(http://www.maxbrenner.com/)。

長年発覚せずにスパイをやってきた、頭の良いハンセンの尻尾をつかむのは骨が折れる仕事だ。オニール始め、捜査チームの奮闘ぶりがスリリングに描かれるが、最近見た「善き人のためのソナタ」の監視合戦の緊張感には劣る。ハンセンが漏らしていた機密の内容やKGB側の人物が出てくるわけではないので、「敵」の具体性と広がりを欠くためもあるだろう。だからこそ、変人ではあるが、普通人の枠に収まっているように見えるハンセンの姿が浮かび上がってくるが。ハンセンの動機は金だけではなく、FBIでは満たされないプライドのため、と示唆されるが、断定はしていない。現実は映画よりグラマラスでなく、単純で複雑だ。が、CIA初期を描いた去年の「グッド・シェパード」よりは格段に面白い。

オニールの上司は、40代のキャリアウーマン役を一手に引き受けている感のあるローラ・リニー。常に手堅い演技のいい役者だが、「イカとクジラ」のように、もっと興味深い主演級の役で見たい、といつも思う。40歳台の女が主人公のハリウッド映画が増えたらいいのに。