Volver ボルベール


アルモドバル作品は、どれも平均以上のレベルなので、かえって毎回映画館に足を運ぼうと思わないのだけれど、これは映画館で見ておけばよかったと後悔。

夫がナイフで刺され、台所で倒れている。オリーブグリーンの床に血のプール。妻のペネロペ・クルスは大量のペーパータオルで血をふき取る。鮮血は、タオルの平凡な透かし模様を浮き出させながら、見る間に広がっていく。主婦の日常を象徴するようなペーパータオルと、殺人という非日常のギャップが分かりやすく美しく描かれ、アルモドバルの天才を感じさせる。

殺人・母と娘の不仲・近親相姦・不倫・不治の病といったどろどろの昼メロ的題材を扱いながら、ストーリー展開にひねりを効かせつつ、感傷的でなく口当たり良く、深い余韻が残る、独特の世界観を持ったコメディに仕立てる監督の手腕が素晴らしい。主人公の娘であるティーンエイジャーからその祖母の世代まで幅広い層の女たち、超現実と現実(死んだはずの母が幽霊として戻ってくる)、都会マドリッドと田舎、悲劇と喜劇といった要素は、正面きって対立するのではなく、あっさりとしたたかに共存していて、それらを束ねているのがペネロペ・クルスのたくましい美しさだ。自分の置かれた苦境に対して自己を哀れむことなく、またその暇もなく忙しく働き、自分と自分の周りの女たちを助け助けられ、汗水たらして稼いだ金を勘定する姿が似合う、アンナ・マニャーニソフィア・ローレンの系統を継ぐ、地に足のついた美しさである。