Fay Grim フェイ・グリム

私が好きだったハル・ハートリーはもういない。

ハートリー作品は独立系映画によくあるように、監督が脚本・編集・音楽・制作などマルチに担当し、内容も個人的な印象だ。「トラスト」や「アマチュア」などは、つくりの小ささがうまく働いて、観客の痛いほどの私的な共感を呼んだ。新作は、たしかにハートリーの映画ではあるが、本当に映画だろうか、という疑問が繰り返しおそってくる。映画ごっこをしているような。

90年代前半のハートリーは、アメリカン・ネオ・ニューウェイブ映画の担い手として、ジャームッシュに次ぐ監督だったが、98年に「ヘンリー・フール」でカンヌ脚本賞をとって以来不調で、この新作は酷評の嵐だ。ビレッジボイスは、90年代初期にハートリーが独立系アメリカ映画の若手期待の星と見なされ、批評家からも高い評価を受けていたことを思い出すのは難しい、とさえ書いている。

新作は「ヘンリー・フール」から7年たった設定の続編で、同じ役者が同じ役を演じている。フェイ(パーカー・ポージー)の夫ヘンリー(トーマス・ジェイ・ライアン)は、彼女の弟でノーベル賞詩人サイモン(ジェームズ・アーバニアク)の助けでアメリカを脱出してから、行方不明のまま。フェイを訪れたCIAエージェントのフルブライトジェフ・ゴールドブラム)は、ヘンリーがスパイだったと打ち明け、アメリカの安全保障を脅かす暗号であるかもしれない彼の手記を受け取るため、フェイはパリに飛び立つが。。。

スーパーマン・リターンズ」などハリウッドではコミカルな変人ぽい役回りのポージーは、ここではスターで、見ていて退屈はしない。上記の役者に加え、エリナ・レーヴェンソンらハートリー作品の常連の登場もファンにはうれしいが、続編を作る価値があったのかどうかは疑問だ。

スパイ映画仕立てだが、アクションは故意にオフスクリーンで演じられ、話の展開も分かりづらい。国際政治の要素もあるが、風刺というにはなまぬるく、適当にその場で思いついたようだ。が、いちばんの欠点は、優れたハートリー作品にある人物描写と、それぞれの性格にもとづいたユーモアに欠け、無表情さを演じているはずの登場人物の感情が伝わってこないことだ。