アメリカン・ハードコア/Please Kill Me


American Hardcore
レーガン就任から二期当選までと重なる、80年代前半のアメリカのハードコア・パンクの盛衰を描く。ドキュメンタリー映画としての出来はいまいちだが、自分なりにハードコアを考える材料としては興味深い。

ライブビデオの中でとりわけ際立っているのは、当時から別格だったバッド・ブレインズだ。他のバンドに比べ、比較的絵も音もまともなせいもある。ビデオの画質の悪さは、ハードコアのDIYスピリットをも表しているが、1時間半の映画にするにはもう少し見せ方に工夫が欲しい。

バッド・ブレインズの音は、今までの伝統と新しい音を組み合わせた、と本人たちも作品中で語っているようにフュージョン的で、典型的なハードコア・バンドより洗練されている。一方、典型的ハードコアに聞こえるマイナー・スレットやブラック・フラッグなどのバンドは、似たりよったりの音と画像で、特定のバンドをもっと聞いてみたいと思わせる強烈な個性が伝わってこない(サントラは楽しめたが)。

当時のライブと現在のインタビューが殆どで、観客&非関係者の映像や歴史的背景はあまりなく、時代の雰囲気の中でのハードコアが今ひとつ実感できず、関係者が当時のビデオを寄せ集めて、昔を懐かしがっている域を出ない。ハードコアの音が、どこから来て、その後のミュージシャンにどのような影響をあたえたかについても、殆ど描かれていない。

アメリカでアンダーグラウンドな音楽をやっている者として興味深かったのは、ハードコアが決して商業的にならなかったことの例として、ツアーのブッキングの際に、全米各都市のハードコアバンドにコンタクトしてギグをとり、それらのバンドを泊まりわたること。私がやっている実験音楽のツアーも同様だ。ハードコアは商業的な成功を収めなかったが、基本的な音楽イディオムの一つとして、また政治的にラジカルなDIYのスタンスも現在に伝わっており、当時のレーガン批判は、そのままブッシュ批判につながっている。私が定期的にライブを行うロウワーイーストサイドのABC NO Riohttp://www.abcnorio.org/)は、ハードコアや実験音楽に演奏の場を長年提供し、政治的メッセージを含むアートのギャラリーでもある。こういった場所が全米に沢山あるはずで、ハードコアが与えた影響は大きい。

映画は同名の本にもとづいているが(未読)、パンク関係で面白い本といえば、断然Legs McNeil & Gillian McCainによるPlease Kill Me。ベルベットアンダーグラウンドからグランジ台頭までの間のNYパンク・シーンを、地の文章なしに、関係者の証言だけで描いた、セックス&ドラッグ&ゴシップまみれの傑作だ。

貧乏で、血を売ったり、タブロイド紙のモデルになったルー・リードの話から始まる。タブロイド紙のキャプションは、子供14人を殺して、それを録音し、カンザスの納屋で真夜中に再生した変態殺人鬼。デビー・ハリーは、初めてラモーンズを見たときのことを、不恰好に背が高く目の悪いジョーイが、歌っている最中に突然顔から転び、メンバーが助け起こす様が死ぬほどおかしかった、と語る。パンクのかっこ悪いかっこよさとおかしさが、目の前に浮かび上がってくる。登場するミュージシャンはその他にMC5、イギー、ニューヨークドールズ、パティ・スミスジョニー・サンダースリチャード・ヘル、デッド・ボーイズなどなど。

あまりにも面白いので翻訳しようと思い、エージェントにコンタクトをとったが、連絡がなく、そのままになっている。数ページに一度は笑えるエピソードが登場し、辞書引きながらでも読む価値大。YouTubeで当時のギグのビデオを見つつ読めば最高だ。