Eastern Promises イースタン・プロミス


ヒストリー・オブ・バイオレンス」に続く、クローネンバーグ&ヴィゴ・モーテンセンの待望の新作は、前作より深みはないが、その分よりポップで、期待を裏切らない出来の犯罪スリラー。特にモーテンセンのファンは大必見。

ロンドンのロシア系マフィア一家の運転手ニコライ(モーテンセン)は、高級ロシア料理店の経営者でもあるボスのセミヨン(アーミン・ミューラー=スタール)とその息子キリル(ヴァンサン・カッセル)との争いに巻き込まれる。一方、助産婦のアンナ(ナオミ・ワッツ)は、取り上げた赤ん坊の家族を探そうと、母親である死亡したティーンエイジャーの日記を読むうち、ロシア系マフィアとのかかわりを発見してしまい、アンナとその家族に危機が訪れる。。。

物語は前作よりシンプルで、予想外の出来事は殆どないが、バイオレンスとその周辺がかもし出すスリリングな雰囲気でぐいぐい押していく。前作同様、犯罪スリラーというジャンルを借りて暴力の本質に迫り、暴力場面も死体の数も、ハリウッド映画に比べたら少ないのに怖い。前作は銃、この作品はより暴力の実感のあるナイフが使われている。脚本に多少不自然な箇所もあるが、圧倒的なスリルとモーテンセンのキャラクターで、最後まで見せる。結末は無理に終わらせた感があり、少し弱いのが残念。

批評家に絶賛され、私の2005年ベスト1作品でもある「バイオレンス」では、暴力がギャングだけでなく家庭や学校の中にまで浸透していて、肌から内臓までしみこむような不安と怖さがあり、二重アイデンティティのテーマもより凄みがある。一方、本作の怖さはよく出来たホラー程度で、肌のすぐ下あたりまでしか感じられない。暴力はニコライを通じてよりグラマラスに描かれるが、基本的にギャングだけのもので、アンナの母が娘に「これは私たちの世界じゃない」と警告するように、一般市民(=アンナは危険を感じながらも、ニコライにひかれるが)とは距離を置くべきものである。

モーテンセンは前作よりもさらに危険でカリスマ的で、電流を流されたように目が離せない(ワッツのバイクぎりぎりに寄せてメルセデス(?)をぴたっと停めるセクシーさ!)。彼のベストの作品だろう。静かにグラマラスに暴力を体現する一方、刺青以外何もまとっていない、ロシアンバスでの裸アクションで、裸の無防備さを表す。この場面は強烈なインパクトがあり、「時計じかけのオレンジ」のレイプ場面のように、作品を代表して語りつがれるようになるだろう。より分かりやすいポップさのために、前作よりも長くカルト的に愛されるような気がする。この作品をきっかけに、ロシアン・マフィア物が流行るかもしれない。

パロディにできるということはポップだってことだ。私は夫とウォッカを飲みながら(作品中に何回も出てくるのと、スリルで喉が渇いた)前作のダイナー経営者、本作のロシア料理店運転手に続き、モーテンセンが中華料理屋の出前持ちを演じる「ファー・イースタン・プロミス」、メキシコのマリアッチが登場する「サザン・プロミス」などバリエーションを考えたり、モーテンセンの高い頬骨の顔マネ(頬をへこませる)で大笑いした。

マフィアのボス役アーミン・ミューラー=スタールもうまいが、前作のウィリアム・ハートほど、怖くおかしくはない。日本&香港映画の影響だろうか、アメリカ映画では描かれることのない、マフィアの同性愛的側面が描かれていたのも新鮮。