Before the Devil Knows You're Dead


シドニー・ルメット83歳にして復活!
12人の怒れる男」「狼たちの午後」の巨匠ルメットの新作は「少なくとも過去20年間のルメット映画の中で最高」とビレッジボイス紙が評するなど好評だ。私が見た回も、平日昼間のアートシアターには珍しくほぼ満員だった。

金に困った兄アンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)と弟ハンク(イーサン・ホーク)は、NY郊外で両親の経営する宝石店強盗の計画を立てる。おもちゃの銃を使い、店には保険がかかっており、誰も傷つかないはずだったが、弟が強盗の実行犯として雇ったちんぴらと兄弟の母(ローズマリー・ハリス)は共に銃弾に倒れる。

シーモア・ホフマンがマリサ・トメイ(いい体してる)をファックしている場面から始まり、度肝を抜かれる。しかもこの二人が結婚している設定に、またびっくりする。スパイダーマンでメイおばさんを演じた、ローズマリー・ハリスも意外な行動を見せる。俳優の持つイメージと役柄のギャップに驚かされるのはここまでで、その後の展開も見えているが、犯罪スリラーとしても、家族崩壊のメロドラマとしても非常にスリリングだ。俳優のイメージも、登場人物同士の対立を描くため最大限に利用される。

弟ハンクは離婚した妻との間に女の子があり、養育費の支払いが滞っている。兄アンディは有能な不動産会計士だが、金のかかる麻薬癖があり、会社の金を使い込んでいる(会社の個室でコカイン吸うのは「アメリカン・サイコ」のようで、現在というより80年代を思わせるのが気になるが、公衆の場でのコカイン吸入が格好良い時代ではすでにない、すなわちルーザーという図式)。自分の弱さを押し隠すために、でかい体さえ武器にして、弟をコントロールしようとする押しの強い兄(哀しくもおかしく荘厳ですらあるホフマン)と、彼に押し切られる意志の弱い弟(適役のイーサン・ホーク)の間のライバル意識(ホフマンがブロードウェイで再演したサム・シェパードの芝居「トゥルー・ウエスト」を思わせる)が緊張感を持って描かれ、兄弟に見えない二人が、だんだん兄弟に見えてくる。

アンディと父(アルバート・フィニーが好演)の間の葛藤も描かれ、家族崩壊後の父の空虚さが、想像を絶するレベルであることが伝わってくる。アンディの妻(トメイ)はハンクと不倫しており、メロドラマの要素にはことかかない。が、ただの典型に終わらない各人物の裏表が、殺人とその前後を違う視点で繰り返し描きながら、鮮やかに描き出されていく。兄は虚栄心が強く冷たく、弟は意志が弱すぎ、感情移入はしがたいが、彼らは大悪人ではなく、我々が理解できる普通のちっぽけな人間だ。しかし、彼らの弱さと運の悪さがリアルに積み重なっていき、最後には殺人が起きてしまう。宝石店はNY郊外ウエストチェスターのショッピングモール内にあり、二つの全国チェーン店に挟まれ、アメリカのどこでも起こりうる犯罪だ、と示唆している。見終わってから、しばらくノックアウトされるパワフルな作品。親子や兄弟同士では見に行きたくないが。