Sweeney Todd スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師


ジョニー・デップが連続殺人鬼を演じる、ティム・バートン監督のミュージカル映画「スゥィニー・トッド」は暗くセクシーでおかしい、血まみれの傑作だ。バートン&デップのコンビとしては「エド・ウッド」以来、デップ作品としてはジャームッシュの「デッドマン」以来の出来(ジャック・スパロウはディズニー漫画のキャラクターにすぎない)。アメリカン・ミュージカル最高峰の内の一つである、スティーブン・ソンドハイム作の同名ミュージカルの映画化だ。

デップが演じるのは、自分に無実の罪を宣告したばかりか、妻と娘をも不幸に陥れた判事(アラン・リックマン)への復讐に燃えるスウィーニー・トッド。腕の良い床屋であるトッドは流刑地からロンドンに戻り、再び剃刀を手にして 「At Last my arm is complete again(俺の腕はまた完全になった)」と白塗りの顔で宣言する。バートン&デップの初期の傑作「シザーハンズ」を思わせるが、それから17年たち、バートンもデップも成長した。デップは彼自身だけでは「シザーハンズ」同様、カリスマ的ではあるが性的にぎこちない中性的存在に見えるが、へレナ・ボナム・カーターやリックマンら優れた共演者を得たここでの彼は、飛び切りセクシーな存在だ。社会のアウトサイダーであるのは変わりないが。

判事を剃刀の下に切り裂くことに失敗したトッドは、全ての人間に対して復讐の鬼となり、客の喉を切り裂いては、家主のロヴェット夫人(ボナム・カーター)が作るミートパイの材料を提供し、その人肉パイはおいしいと大評判になる。 

ロヴェット夫人はトッドを愛しているが、トッドは誰も愛していないという秀逸な設定は、二人の男女の間に緊張感を生み出している。床屋−パイ作りというおぞましい分業の計画を二人が歌う場面では、通常は複雑で不安定なソンドハイムの音楽は逆説的に明るく楽しげ、デップ&ボナム・カーターの無表情さも完璧で、極上のブラックジョークを完成させている(ジョークがきつすぎて、人肉パイの時点で席を立った観客もいたが)。プロの歌手ではない二人の歌声は、歌うのが非常に難しいとされているソンドハイムのメロディーにこめられた物語を明確に表現している。内容は違うが、フェリーニ作品中のニーノ・ロータの音楽に、映画音楽は画面を強調するだけでなく、異なった感情を表現して、より深みのある世界を作ることも出来る、と驚かされたティーンエイジャーの頃を思い出した。

デップのセクシーさは男女間だけにとどまらず、床屋の椅子に座るアラン・リックマンとも怪しい雰囲気を漂わせている。別に二人がゲイっぽいわけではなく、「Pretty Women」というデュエット曲の題名どおり、二人とも非常にストレートだが、復讐鬼とその椅子に身をゆだねる緊張感から性的な空気が生み出される。殺人のスリルは何とセクシーなことだろう。変態っぽく、老いを見せながらもセクシーでおかしい判事役は、リックマンにぴったり。デップやボナム・カーターほど歌えないからだろう、リックマンの曲は一曲のみだが、彼の台詞の抑揚とリズムはいつもながら非常に音楽的なので、もう少し見たかった。物語の展開上必要なティーンエイジャーのカップルが出てくると途端に画面のテンションが下がり、セクシーさゼロになってしまうのは残念。サシャ・バロン・コーエンはイタリア人詐欺師の役で、相変わらずボラートの延長的な色物外人の役。お約束的に面白かったが、彼自身の人種であるユダヤ人を演じるのも見てみたい。

ゴシックで暗いビクトリア朝のロンドンが、血の赤をアクセントにしたモノトーンのバートン的パレットにはまるのは言うまでもない。試写会会場の映画館を出たら、みぞれ雨がやみ、クライスラービルのてっぺんには霧がかかって、バートン版「バットマン」のようだった。ミートパイを食べさせるパブは近所になかったが、作品中にたくさん出てくるジンを飲みながら、夫と感想をしゃべりまくった。薬くさいのになぜかハイになるジンは、この作品に良く似合う。

ハリウッド映画には珍しいセクシーさと真っ黒なジョークに大満足し、大きな拍手をしようとしたが、ハッピーエンドでないとはいえ、まばらな拍手があっただけ。全編血まみれで、しかもそれを笑うテイストは、ホラー映画ファンにはおなじみでも、デップ・ファンはもちろんのこと、舞台ファンにもどこまで受け入れられるだろうか。舞台では血まみれでなくても観客に想像させることもできるが、最近のハリウッド映画、しかもバートンの高度に視覚的なスタイルではそれは難しい。通常、ホラー映画にセックスはあるがセクシーさはないから、それとも違う。前述のティーンエイジャーが魅力的でないのも、ティーン観客にとっては感情移入を妨げるだろうし。全米公開は21日からでクリスマス時期の目玉作品だが、私の予想では制作者の見込みよりは低い入りになるか全くこけるかだが、どうなるだろう。ホリデーシーズンとはいえ、もちろんR指定で家族向けではない。

9割がたが歌われ、台詞と歌の境目は自然だ。アンサンブル曲がカットされるなど、よりインティメイトで映画的なアプローチが生きている。スリラー仕立てではあるが、話の展開自体よりも、そこから生じるセクシーな人間関係の方がはるかにおいしい作品なので、字幕に邪魔されずに音楽と歌声をよりよく味わうためには、ミュージカル舞台を見るときのようにあらすじを読んでおくのも良いかもしれない。

##アラン・リックマンのインタビューでは、彼が演じているハリー・ポッターのスネイプ教授役について、ファンから受けるプレッシャーに圧倒されることはないか、という質問にIt's good to have a black wig、つまり、かつらをつければ役になり、外せば素に戻る、と答えている。この心構え、ストレスの多い状況に挑む時など、役者でなくても応用できそう。
http://www.darkhorizons.com/news07/rickman2.php