ルメット特集/殺人事件


独立系新作も上演する名画座Film Forumで、2月いっぱい開催されたシドニー・ルメット特集で「12 Angry Men(十二人の怒れる男)」と「Fail-Safe(未知への飛行)」の二本立てと、「Dog Day Afternoon(狼たちの午後)」を見た。ルメットのトークもあったが見逃してしまい、悔しい。ルメット作品をまとめて見ると、最新作の「Before the Devil Knows You’re Dead」にいたるまで、犯罪者や一見して性格異常者など突出した存在の人間も、普通の人が全く理解できないような存在ではない、という視点に基づいていることが分る。だから、あからさまに攻撃的な性格の二人だけではなく、議論をしていく中でそれぞれの心の中にある偏見と立ち向かっていく、陪審の12人全員が怒れる存在なんだろう。それぞれの個人は家庭もある普通の(または理解できる範囲内の)人でも、人(+メディア)が集まるととんでもないことが起きてしまう。
 私がいちばん好きなパチーノの映画「Dog Day Afternoon」でも、彼のキャラクターは変だが(そして最高にチャーミング!)妻二人からのプレッシャーがあったりと理解できる範囲内にある。それでも、すぐに終わるはずだった銀行強盗は予想外の大事件にどんどん発展していってしまう。爆笑の連続のコメディから、場内が静まり返るシリアスなトーンへの移行が見事で、映画館で見る醍醐味を味わった。
 「Fail-Safe」は機器の故障により米ソが核爆撃の危機にさらされる話で、アメリカ軍がホットラインで話しているソ連高官の、妻と幼い息子との写真が一瞬出てくる。今はおじさんとなった息子役の俳優Michael Badaluccoが上映前に撮影裏話を披露し、シリアスな映画2本の間の場内の雰囲気を笑いでほぐしてくれた。彼の父は映画のセットを作っており、母と一緒にソ連高官の家族として写真におさまった。ジョージ・クルーニーがリメイクを作った時に彼にコンタクトしてきたので、写真を渡したが、使われなかった。その後ルーシー・リューが、その写真はクルーニー家に飾ってあった、と教えてくれた。クルーニーに聞いたところ、俳優の名前が分らず、写真の使用許可が取れなかった、と答えた。俳優でないのだから分らないはずだ。
 この写真は1カットだけながら、一人一人は普通の人たちなのに、核の危機は起こってしまい、それぞれが努力しても走り出してしまった危機を止められない、というテーマを表している大切な場面でもある。核戦争の恐怖をシリアスに描く主題は(非常に似た物語の「博士の異常な愛情」のようにユーモアもないため)今となっては古臭く、冷戦当時の緊張感を想像するのみだが、ブッシュ政権といえども、一人一人はきっと普通の(または普通より優秀な)人たちで、それぞれ良いと信じることを行っているのに、その結果は。。。という見方もできる。

Colossus:The Forbin Project 地球爆破作戦 
「Fail-Safe」同様に米ソの核戦争が背景となっているが、冷戦の緊張が薄れてきた1970年に作られたこの作品の焦点は、コンピューターによる人間の支配にあり、現在も考えさせられるテーマ。自由は幻想にすぎないというスーパー・コンピューターは、コンピューターが人類を支配した方が人類は幸せになれる、と支配を強制する。もちろん、いくら正しい理論でも、全体の幸せのために一つの街を爆破して平気という思考は我慢できない。でも、自由は人間の心の中にしかない、というのも本当だ。70年代初期のアメリカ映画にありがちな、軽いユーモアと、軽いタッチで伝えられる重いメッセージ。大真面目な警告でもあからさまな喜劇でもない、こんな作品もあってもいい。コンピューターのデザインや70年代初期のインテリアも楽しい。ジョセフ・サージェント監督。


2月29日の午後3時過ぎ、イーストビレッジにある私の行きつけのスーパーマーケットで殺人事件が起こった。メンテナンス担当の男ジェームス・ゴンザレス(42)が、最近別れたばかりのレジ担当の同僚ティナ・ネグロン(24)を刺し殺した。ネグロンに振られたゴンザレスは、スーパー内のデリ・カウンターから肉切り包丁をつかんで、仕事をあがろうとしてオフィスにいたネグロンとその同僚を刺した。ネグロンは病院で死亡、同僚は命を取りとめた。ゴンザレスは地下鉄の方に向かって逃亡、いまだ行方知れずで、警察が捜査中。ゴンザレスは麻薬での逮捕暦があり、他の同僚によると、スーパーの地下でよく寝ていたとのこと。
私は、最近やっとフルタイムの翻訳の仕事に戻り、金曜の5時半ごろ帰り支度をしている最中、オフィスのTVでこのニュースを見てびっくり仰天した。映画の中ではなく、自分の住んでいる近所で起こる実際の犯罪。仕事が終わった後、スーパーの前を通ったら、もちろん店は封鎖され、警察官数名がいた。翌日、事件から12時間もたたないうちに店は営業再開し、いつもどおり混雑していたのにもびっくりしたが、犯人が逃げたことが確実だし、閉めていても意味がない。タブロイド紙の悪名高いNYポストは、machette(なた)による「Slash Horror」とB級ホラーじみた報道。人ひとり実際に死んでる事件を何だと思ってるんだ。
http://wcbstv.com/topstories/east.village.stabbing.2.666246.html
http://www.nydailynews.com/news/ny_crime/2008/02/29/2008-02-29_woman_dead_after_keyfood_stabbing.html
http://www.nypost.com/seven/02292008/news/regionalnews/east_village_stab_horror_99866.htm