仲代達矢@Film Forum

日本映画、特にその黄金期の歴史そのものである仲代達矢の回顧上映が、NYを代表する映画館Film Forumで6月20日から行われている(8月7日まで)。上映作品は25作で、小林正樹監督の「切腹」で幕を開け、同監督の「人間の條件」で終わる、黒澤・成瀬・岡本ら日本を代表する監督作品が質量とも充実しきった特集だ。その一環として仲代氏もNYを訪れ、Film Forumを初めとする数箇所でQ&Aやトークを行った。

私が聞きにいった、6月24日夜のFilm Forumでのトークは、真の映画ファンのための素晴らしいイベントだった。50-60年代作品の仲代さんの、水もしたたるいい男ぶりに惚れている私は、当日朝から、裸で雨の中を走り回りたいほど興奮していた。が、なんといっても彼は現在75歳、あまり期待し過ぎないようにという小さな声も頭の中で聞こえていた。しかし、その一抹の不安は、ものの見事に消え去った。

言葉にすると陳腐になるのを承知で仲代さんの印象を書く。どこをとっても引用可能なユーモアとウィット、頭の良さがあふれる返答(開場全体が大笑いし続けた)、常に三船ら先輩をたてる謙虚さ、どんな質問にも言葉を選んできちんと答える誠実さ。いまだにとてもハンサムで、ぴしっと背筋が伸びているが、若いころの鋭さの代わりに柔らかさが顔全体を包んでいる。開場を熱気にあふれさせる大スターのカリスマと同時に、映画史だけでなく、普通の人間としての歴史を着実に生きてきた実感がにじみ出ている。トーク後、一回り以上年上の友人と女子高生のようにはしゃぎながら、あんなふうに年が取れたら素晴らしいと語り合った。翌朝いちばんに頭に浮かんだのは、仲代さんと同じNYの空気を吸えてうれしいという思いだった。さて、前置きはこのくらいで、貴重な日本映画史をお楽しみあれ。

切腹」:チャンバラには竹光ではなく本物の刀を使用。三船さんが生きていたら、こんなことを言ったら怒られると断ってから、日本で一番立ち回りのうまい三船でも、本物を使った立ち回りではけが人が出たと語る。剣道と殺陣は違うので、剣道はやらないが、この際の立ち回りは剣道の全日本チャンピオンに指導を受けた。

俳優座在籍中に初出演した「七人の侍」のエキストラから順を追って、以下の代表作品のクリップを見せながら、各場面について印象深いエピソードを語っていく。

父を早くに亡くし、喘息の母を抱え、学業と仕事の両立に苦労する中でも、アメリカ映画はたくさん見て、パンフレットも欠かさず買った。学歴がなくてもできる仕事ということでミドル級ボクサーを志望し、ジムに2ヶ月間通ったが、顔を殴られるのに抵抗があり、ボクサーは断念。友人に「お前は顔が良いから俳優になれ」と言われ、俳優を目指す。映画パンフレットから、ジョン・ウェイン、ゲイリー・クーパー、マーロン・ブランドアメリカの俳優は、演劇科や俳優学校に在籍していることを知る。日本には本格的な俳優学校がなかったが、ちょうどその頃に俳優座ができ、入所する。

七人の侍」の浪人役で、初めて時代劇のカツラを被り、刀を差した。現代人のように歩く彼に、黒澤は「あれはどこのどいつだ!」と激怒。2秒間歩くだけの出演だが、朝9時から昼3時までNGの連続だった(題名を伏せてその場面が上映され、司会者が題名を問うと観客は「セブン・サムライ!」と元気よく答えた)。エキストラなのでクレジットもなし。俳優としてやっていく自信をなくすが、小林正樹監督の「黒い河」での下っ端やくざ役で初めて俳優として注目され、以後同監督の作品に多数出演する。

当時大ベストセラーだった「人間の條件」の映画化に際し、多くの俳優が主役を演じたがった。小林監督は配役に苦労したが、「黒い河」での狂った目が、最後の場面での監督の要求に適い、大抜擢となった。

9時間を越える超大作「人間の條件」は三部に分けて制作され、各部の準備と撮影にそれぞれ半年ずつかかり、完成まで4年を要した。三部目では減量を要求され、一週間絶食した。気の毒に思った監督も絶食に付き合う。二人とも酒好きなので、カロリーの低いラム酒を飲みながら、三日三晩寝ずにトランプをした。

人間の條件」の撮影準備期間中に、親しい友人同士である小林監督と黒澤監督が話し合い、「用心棒」への出演が決まった。全く違う役なので、差しさわりがないとの小林監督の判断だという。

画家を目指したこともある黒澤は天才で、一瞥しただけで性格がはっきり分かる衣装を登場人物に着せた。「用心棒」の衣装合わせで、「首が長すぎて、首の周りがさびしい」と赤いマフラーを巻くよう黒澤に指示された。同時に、とんでもなく変な悪人、という卯之助のキャラクターを表してもいる。

西部劇から影響を受けた日本の時代劇への出演後は、「用心棒」などそれらの作品に影響を受けたマカロニウエスタンに出演する。トニーノ・チェルヴィ監督の「野獣暁に死す」だ。 ジョン・ウェインの「駅馬車」を30回以上も見た仲代は、駅馬車襲撃の場面があるというだけで出演を決めた。日本映画では「号外」と呼ばれる土壇場の台詞変更には、英語もイタリア語もできないので苦労した。が、イタリア映画は通常、声の似た声優が吹き替えを行うので「野郎ども」とか何とか日本語でしゃべり、乗り切った。

「三十郎」: 黒澤のスクリプターを長年務めた野上照代女史も登場して、当時を語る(写真)。天才黒澤は子供っぽい面もあり、役者を怒鳴りつけることもしょっちゅうだったが、その際には女史が役者を慰めた。白塗りで「生っちろい」卯之助との変化をつけるため、顔を黒く塗った。最後の三船に切られる場面では、お互い別々にリハーサルを行い、本番で初めて二人一緒に女史の秒読みにしたがった。二人が向き合ってから「…23,24,25」とカウントダウンし、25カウント目に三船に切りつけられた。大量の血しぶきが飛び散るこの場面は、当初はこれほど大きくなるはずではなかった。袴の中に仕込んだホースが地中に長く伸び、その先に色つき水を入れた2つのドラム缶(?)がある仕組みだ。三船・仲代抜きで代役を立てたリハーサルを30回ほど繰り返した後、黒澤はしぶきに粘りがほしいと指示。小道具係は水に油を入れた。が、もともと長い距離のあるところに油を入れたので、リハーサルより大幅にしぶきの圧力が増した。仲代は圧力で後ろに倒れそうになり、白いジャンパーを着ていた女史はとっさに逃げた。あまりの圧力に仲代は、つい瞬きをしてしまい、黒澤に「取り直しがあるかもしれない」と言われ、もう一度やるのは無理だと思う。が、翌日に監督から「ま、いいか」とOKが出た。

大菩薩峠」: 前述のチェルヴィ監督も惚れた作品。奉納試合後の並木道での襲撃場面を見せた後、岡本喜八監督はカットが短いことで知られているが、このように長目のカットもあると語る。三船の立ち回りは日本一と繰り返し、「でもその三船に斬られ続けた自分の、ここでのチャンバラは悪くない。三船と違って、ソフトさがある」。

「天国と地獄」: こだまを借りるには数百万(数千万?)円かかった。NGを出せないというプレッシャーから、刑事役の仲代が犯人捜査について同僚の刑事と三船に指示を与える車内の場面では、つい早口になった。が、それが緊迫感を生んだ。プロットデバイスに過ぎない刑事の役柄に厚みを与える努力はしたかという司会の質問には、「『この役は理知的なヘンリー・フォンダのイメージだが、お前はフォンダのように額が広くない』と監督に言われた。だから、毎日一センチほど額を剃った。そのままでは理知的に見えないらしい」との答え。

吾輩は猫である」:動物と子供との共演は役者が一番避けたいことだが、両方あるこの作品の演技について彼自身はどう思うか、という質問に対し、「猫が演技をしてくれれば、それでオーケーが出た(ので、自分の演技は問題にされなかった)」「オーケーが出たのだから、猫は良い演技をしたのだと思う」。こう仲代さんに言われちゃ、猫の演技の出来を確かめずにはいられない。

女が階段を上る時」: 共演の高峰秀子を平手打ちする場面では、大先輩なのでとても緊張した。が、彼女には「演技は下手なのに、ひっぱたく力は強い」と言われた。

「乱」: 城が焼け落ちる場面では、中から出てくるのがあと5秒遅かったら(仲代の危険を考慮して)フィルムを回さなかったと監督に言われ、築くのに億単位の金がかかった城をただ燃やしてしまうところだった。というのも、燃え出しても監督からなかなか合図がかからず、やっと合図があっても、NGを絶対出せない状況下のため、あせらず時間をかけようと思ったからだ。助監督も城の中にいてくれるのかと思ったら、出口は画面から分かるとおり一つだけなので、誰もいなかった。万が一のために脱出用シューターと、消防士のようなヘルメットの用意があった。

無名塾の公演のポスターとビデオをざっと紹介して終わった。Q&Aはなかったが、2時間半近くもの、ユーモア満載の貴重なトークに満腹だった。”日本映画専門家”マイケル・ジャックの司会は時に必要以上にユーモアに流れすぎ、通訳の女性も完璧とは言いがたく、Film Forum側からのヤンキース松井のユニフォーム贈呈も気に食わなかった(プロ仲代はすぐ野球帽を被ったが)。スターに別のスターのものをプレゼントするなんて失礼千万、日本人には松井のものを上げておけば喜ぶだろうという上から見下ろす態度が伺えて不愉快。無名塾紹介に引き続き、舞台の台詞をしゃべって欲しいと司会がリクエストし、仲代さんは「舞台が終わると台詞はすぐに忘れてしまう」と言いながらも、数十年前に演じたハムレットの「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」を演じてくれた。もちろんファンにはうれしいが、いくら事前の打ち合わせがあるとはいえ、上記の点と合わせると大スターに対するリスペクトが足りないようにも見えた。が、これら主催者側の欠点も、2時間半をほぼ一人でしゃべった仲代さんの素晴らしさを、かえって際立てていた。

最後に、回顧上映での観客の反応について。「切腹」は週末の上演だったが、日本映画特集ではしょっちゅう上映されている傑作だけに、客席はまばら。私は映画館で見るのは2回目だが、あまりのすごさに息苦しくて、陸に上がった金魚のように口をパクパク。満席の「他人の顔」ではオープニングの仲代さんのクレジットに拍手が起こり、呆然としてしまうエンディングは沈黙。ワイドスクリーンでプリントも美しい「大菩薩峠」も満席で、GANG BANGポルノ的に過剰で漫画的な、これでもかと続く最後のチャンバラには、あまりの過剰さに思わず笑いがもれ、拍手が起きた。作品にもよるが、日本人観客は2-3割で、後は白人が多い。日本映画の名作が上映されるたびに、日本人であることと客が集まることを誇りに思うが、同時に日本人観客の少なさ(ほとんど年配の人々で、若者は殆どいない)に失望する。日本人よ、日本映画をもっと見よう!

回顧上映のスケジュールはhttp://www.filmforum.org/films/nakadai.html
6月20日の「切腹」上映後に行われたQ&Aのポッドキャスティングhttp://www.filmforumnewyork.org/で聞ける。
このトークも近いうちに同じアドレスから聞けるかもしれないので、要チェック。