Star Trekスター・トレック


私はトレッキーではないが、スタートレックの新作はすごく面白かった。

マンハッタンのど真ん中にあるジーグフェルド劇場での、5月7日7時の初回に先立つ数週間、私はうきうきしていた。映画そのものよりも、アメリカ文化の重要イベントに参加することに。もちろんカメラ持参だったが、劇場前の列にスタートレックのコスプレは見られなかった(劇場の中で50歳代のおばさんがワイン色のユニフォームを着ているのを発見した)。スタートレックスターウォーズではないのだなあ。ちなみに、スターウォーズ1が公開された時には、多数のおたくがこの劇場に数日前から並んだ。それでも、客席約1600の大劇場は、ファンが友人同士が映画への期待を語るざわめきで暖かく満たされたていた。

そして私はスポックに恋した。

カークとスポックのUSSエンタープライズでの最初の冒険を描く、オリジナルTVシリーズの前編となる作品は、オリジナルシリーズの精神にのっとり、スポック(論理)とカーク(感情)の衝突が主題である。基本的には、明らかに美味しい役回りのスポック(ザカリー・クィント)の映画だが、クリス・パインのカークも引き立て役以上の存在感で、作品の終わりまでには、二人の対決は互角に見える。

クィントは、論理のみで成り立つバルカン人の中に地球人の感情が意外にも潜んでいるという、スタートレックに限らず様々な物語の中で使い古された人物像の痛みを、目に見えるように演じる(スポックはバルカン人の父と地球人の母(ウィノナ・ライダー!)を持つ)。スポックの論理と感情の葛藤は美しく繊細に描かれ、彼は殆どセクシーに見える。トランスポーター(転送装置) の中での魅力的なウフーラ(ゾーイ・サルダナ)との少し場違いなキスのことじゃない。内面の葛藤が彼をセクシーに見せている(とはいえ、つい触りたくなるような肌のせいもあるかも!)。

一方、パインのカークはマーロン・ブランド的な獣エネルギーを発散すると同時に、うぬぼれ屋の切れ者でもある。ウィリアム・シャトナーのカークと比べられるほど、私はオリジナルシリーズを知らないが、この自信過剰気味だが能力がそれに伴う、一歩間違えると犯罪者になりそうな若くてやばいカークは嫌いじゃない。(アメリカ人はトレッキーでなくてもスタートレックを見て育つ。私は中国系米国人と結婚してから、アメリカ文化の重要な一部を知るために、主に「ネクスト・ジェネレーション」と「ヴォイジャー」をテレビで見るようになった)。

ところが、トレッキーな夫は、特にカークの描き方の違いに戸惑っていた。それはたぶん、他のトレッキーにとっても不満の種となりうる点で、彼はトレッキーが映画について文句を言っているIMDB の巨大なブラックホールに数日間吸い込まれていた。新作の人物造形はオリジナルと違うかもしれないが、私にはオリジナルの精神を伝えているように見えた。スポックとカークは衝突することにより、前者は感情をコントロールするために自らの感情を認めることを学び、後者は乗組員が信頼できるキャプテンとなっていく。

エンタープライズの他の乗組員も、全員が異なる個性を持ち、観客を沢山笑わせてくれる。しかもうれしいことに、それらのジョークは、一部の馬鹿馬鹿しいものを除き(カークの手がDr.マッコイの不手際な処置でお笑いの小道具のように膨らむ)、彼らの性格に基づいたものだ。彼らは可愛くなりすぎることなく好感が持て、オリジナルに敬意を表しながらも、与えられた役柄を楽しんで演じている。年齢的にオリジナルより若いだけでなく、40年以上の歴史があるシリーズを見て育ったスタートレックの子供たちだ。特にジョン・チョー(スールー)、サイモン・ペグ(スコティ) 、アントン・イェルチンチェコフ)は、それぞれ異なるミックスのユーモアと真摯さが印象に残る。エリック・バナは復讐に燃えるゴスな悪役のロミュラン星人を、漫画的にならず好演していた。

ジョン・チョーはエンドクレジットのビリングで一番だったが、メインストリームのハリウッド映画では韓国系米国人としてこれが最初じゃないだろうか(彼が主演した「ハロルド&クマー」は韓国人であることがずばりネタになっており、トピック的にもその過激さでも、ハリウッド映画ではあるがカルト的)。キャストの中で、アメリカでは彼が一番知名度が高いからだとは思うが、人種や生まれた星で差別されることのないスタートレックの世界の表現にもなっていた。

プロットは賢く出来ており、アルタネート・ユニバース(並行世界)物であることを利用して、オリジナルシリーズに縛られない前編としての自由を得ている。監督のJ.J.エイブラムスが手がけている、時空間が交錯し続けるTV番組「LOST」よりシンプルな筋だが、「LOST」の魅力である頭の良さと人物造形はそのままだ。多くの爆発やアクション場面は、夏の超大作映画として申し分ないが(冴えた戦略がもう少しあっても良かったが、2時間に詰め込むのは無理だったろう)究極的には人間を描いた映画である。

私は、オリジナルシリーズはあまり見ていない。それでも、スポック役のレナード・ニモイの出演、特に彼による最後のナレーションでは、スタートレックの歴史がぐるりと一回りし、同時に新しい歴史が始まるのを強く感じた。ニモイは年老いたスポックを演じ、作品の過去と現在をつなぐ大事な役を果たしている。彼の出演により、スタートレックの歴史はアメリカ文化の歴史でもあり、その過去と現在が同時に存在していることが強調された。そして、そこから新しい旅が始まる。 I'm proud to be on board.(私も乗船し、その歴史を分かち合えることができて、うれしくも誇らしかった)。