In the Loop


2003年にイラク戦争に至るまでの、米英の政府高官とその下で働くスタッフの姿を描くコメディである。イギリスの大臣がBBCラジオで失言を行い、戦争を始めたがっている米英の首脳と、戦争に反対する各政府内の勢力の両方が、その失言を利用して、お互いを欺きあう。
滅茶苦茶早いイギリス英語なので、アメリカ英語のネイティブでも2回見てやっとジョークが全部分かるほどだ。特に、ブレア首相の報道官を大まかにモデルにした、マルコム・タッカー(ピーター・キャパルディ)のinsult(罵倒)コメディは芸術の域に達している。例えば、「私のオフィスに来てくれませんか?(Would you like to step into my office?)」 というのを、 "Come the fuck in or fuck the fuck off."とスコットランドなまりで表現する。翻訳不可能なジョークである。やり手報道官として、仕事をぐいぐい進めていくための罵倒なので、一種禁欲的な、筋の通ったおかしさがある。ジェーン・オースティンからハリー・ポッター、Xファイルなどのポップカルチャーを引用したジョークも、ジャド・アパトーケビン・スミス作品のオタク系男子とかけ離れた彼が、攻撃的な罵倒の一部として使用すると、新鮮だ。前述の国際開発大臣が「戦争は予測不可能だ(war is unforeseeable)」という失言を挽回しようとして(一般人にとっては失言に聞こえないが、公式な政府用語と違うために、失言と見なされるというジョーク)、「時には争いの山を登ることも必要だ(it is sometimes necessary to climb “the mountain of conflict.”)」とさらに失言を重ねてしまう。マルコムが、” You sound like a fucking Nazi Julie Andrews!“と罵倒すると、ナチの制服姿のジュリー・アンドリュースが、子供たちを連れて山登りをする光景が浮かんでくる。
反戦派のアメリカの将軍はコリン・パウエルを、好戦派はラムズフェルドを思わせるが、反戦派将軍を演じるのは白人である「ソプラノズ」のジェームズ・ガンドルフィーニであり、これは物まねショウではない。重要な国際的事項が実際に決定されていく過程は、視野の狭い勢力争いと保身に基づいた騙し合いや、非常にくだらないことの積み重ねだという風刺である。国際開発大臣の辞任のきっかけとなるのは失言ではなく、崩れかけた塀だ。象徴的な塀ではなく、ただの塀であり、それに対する一市民の苦情がメディアに取り上げられたからだ。また、中東のある国と言うだけで、イラクという言葉は一度も出てこない。政府が舞台の「オフィス」と言ってよく、イギリスTV界のベテラン作家&演出家のアーマンド・イヌアッチ制作による、BBCのカルト番組「The Thick of It」に基づいている。が、マルコムはスティーヴ・カレル演じるマイケル・スコット(またはイギリス版のリッキー・ジャーヴェイス)と違い、直属の部下として働くのは困るが、隣の部にだったら、いて欲しいような気を起こさせるおかしさがある。