ロールオーバー・マクラーレン


セックス・ピストルズ仕掛人であるマルコム・マクラーレンが先週がんで亡くなった。友人が彼のトリビュート・コンサートを企画しているので、ピストルズを聞きなおしたり、パンクをシチュアシオニスト(状況主義)やダダと結び付けて論じたグレイル・マーカスの「Lipstick Traces」を読んでいたところの突然の訃報だった。映画「The Filth and the Fury」でも描かれているように、ピストルズ側は彼に利用されたと見なしているが、音楽とファッションやその姿勢においても、いまだに続いているピストルズの影響は、マルコムの才覚と時代を見る目を抜きにしてはありえなかった。
そういえば、マルコムとヴィヴィアン・ウエストウッドの息子ジョー・コーレが立ち上げた(昨年からは自分のブランドに専念している)高級ランジェリー・メーカー「Agent Provocateur」では、とびきり上品でいやらしい、「ラ・ペルラ」もかなわない究極のバレンタイン下着を売っている。伝統を踏まえながらも過激な「扇動者」スタイルとそれを巧みにビジネスとして成り立たせるセンスは、さすが二人の子供だ(と同時に、二世アーティストにありがちなスケールの縮小も感じるが)。こんな店がヒースロー空港の中にあることを考えると、イギリスは奥が深い。
http://www.agentprovocateur.com/

最近、クラシック音楽を再発見中で、夫婦でリンカーン・センターのコンサートによく出かける。ベートーベンの交響曲を4日間で全部演奏する企画では、あまりにも有名な3、5、9番と他の交響曲との比較ができて興味深かった。古楽器(イギリスの「Age of Enlightenment」)とモダン楽器のオーケストラ(ブダペスト祝祭管弦楽団)が2日づつ演奏した。古楽器とモダンの一番の違いは人数で、前者のほうが規模が小さいため、それぞれの楽器の音がクリアに聞こえるが、後者の力強さも捨てがたい。
印象に残っているのは、3番「英雄」の羽虫のような静かな静かな弦の音と葬送行進曲、7番2楽章の美しく悲しいメロディー、これ以上盛り上がれないと思われる状態から転調(?)しつつ、さらに盛り上げて度肝を抜き、ヘッドバンギングさせてしまう熱狂的なクライマックス。9番のオーケストラ&歌手の配置は今まで見たことがないユニークさ。重要な役割を果たすティンパニが正面前方に配置され、ソロ歌手たちはオーケストラの中の段上に、合唱団は客席再前列に位置し、「歓喜の歌」になると一糸乱れずにくるっと向き直って歌いだした。音のバランスに優れ、劇的な演出効果もあった。コンサート前の講演には、指揮者のイヴァン・フィッシャーも参加し、アクセントはあるが正確で頭の良い英語で、古楽器とモダンの違いよりも共通点を見つけてほしいと語った。技術面のみからマニアックに古楽器を追求するのではなく、両方から学びつつ、いい音楽を作りたいとも述べた。オーケストラは官僚的な組織であり、変革は容易ではないと語りながらも、今回のコンサートに見られるようなオーケストラの配置変更などをやってのけてきた、地に足の着いた暖かい芸術家の姿は、彼の指揮する音楽からも伝わってきた。

モーツアルトは録音だとスムースすぎてミューザックみたいだが、ライブは断然いい。弦楽器の特徴であるpush & pull、押して引くという性質が、他のどのオーケストラ音楽よりも体で感じられる。つまり、ポップなグルーブがセクシーだってこと。昨夜(12日)ジュリアード・オーケストラが演奏した交響曲第38番「プラハ」では、アラン・ギルバートが楽譜なしで踊るように指揮していた。テディベアが大きくなったような体に軽やかな足取りがキュート。彼は昨年、NYフィルの音楽監督に始めて就任したニューヨーカー&日系人である。カリスマはまだ足りないが、優しい兄貴みたいな親しみやすさがあり、シャープで適切な指揮ぶりだった。老人が多くて先細りなクラシック音楽ファンを開拓するのに適任だろう。
この夜の演目はリゲティの「アトモスフェール」からベートーベンのピアノ協奏曲、シェーンベルクの「5つの管弦楽曲」まで、様式も時代もバラエティに富んでいた。「アトモスフェール」は「2001年宇宙の旅」に使われた曲で、小さな人たちが耳元でささやいてるような、ホールでオーケストラを聞いているとは思えないような音楽だ。ジュリアードでは、教授や生徒による質の高いコンサートを無料で一般公開しており、これもその一つ。月曜夜なのに、長い列ができた。しかし、100人はいるだろうオーケストラの中で黒人は一人だけ、中国系らしきコンサートマスターを始めとしてアジア系&白人ばかり。授業料のバカ高さを反映して、およそニューヨークらしからぬ人種構成であった。

3月18日のブログに意地悪ウサギの絵をのせた。それらのウサギがホワイトラビットだったらと仮定して、「不思議の国のアリス」を描いてみた。