「アメリカン・イディオット」と未来のブロードウェイ・ミュージカル


グリーン・デイの同名のポップパンク・アルバムをミュージカル化した「アメリカン・イディオット」を見た。ブッシュ政権時代のアメリカ郊外の若者たちが都市に出て行き、愛を見つけ、誘惑に会い、失望し、再び郊外に戻るだけの話だが、彼らの不器用な怒りやエネルギーは、時代や年齢を超えて強く共感を呼ぶ。平日のブロードウェイは年齢層が高く、若者のブロードウェイ離れが心配されているが、4月20日にセント・ジェームズ劇場で開いたばかりのこの舞台は、40歳の私が年長に属するくらいの若い観客層だった。テンポの速いパンク、ゆっくり目でメロウ、パンク&メロウの3種類の曲調しかないので、中盤ややだれるが、表題曲ではじけるオープニングと自嘲的な余韻を残すエンディングは文句なしに素晴らしい。前から4列目で大音量の音楽に1時間半休憩なしで浸った後はどっと疲れが出たが、久々に生の舞台ならではのエネルギーを体感した。
大ヒットしたロックオペラ・アルバム「アメリカン・イディオット」全曲が順番どおり歌われ、最新アルバム「21st Century Breakdown」から数曲が使用されている。歌詞で物語を語る通常のミュージカルと異なるが、マイケル・メイヤーの演出はうまくまとめている。特に感心したのはスティーブン・ホゲットによる振付で、スラッカーな若者の、どう表現していいか分からず行き場のない怒りと無気力感とが同時に表現され、重力に抵抗できないゾンビ感がありつつも不恰好なエネルギーを感じさせる。通常いけいけなミュージカルの振付に、それと矛盾する要素を組み込んで、今のミュージカルとしてアップデートしている。宙吊りなどのギミックもあるが、アクセントとして使われるのみで、音楽とそこから発生するエネルギーをシンプルに体現している。映画のスクリーンの2倍はゆうにある高さの壁に、多数のビデオ画面とパンクのポスターが貼られているセットも印象的。
アメリカン・イディオットにはなりたくない」と初めに叫んだ若者は、都会に失望して郊外に戻る。彼らが、その後ホワイト・トラッシュになっていくことを暗示する自嘲的なエンディングは、ハッピーエンドが多いブロードウェイ・ミュージカルとしてはかなり大胆な終わり方だ。「アメリカン・イディオット」とはブッシュだけでなく、アメリカ人そのものでもあるという苦いオチだ。セックス、ドラッグ、ロックンロールに反戦(郊外から都会に出た主人公の親友がテレビに洗脳され、イラクで戦うが、負傷して帰還する)とくれば、60年代のミュージカル「ヘアー」を連想させるが、最後に観客を舞台に上げて、ヒッピーたちのつながりを強調した「ヘアー」と違い、シニカルな疎外感がより強調される。
主役ジョニーを演じるジョン・ギャラガーJrはグリーン・デイのボーカルに割と声質が似ていて、違和感がなかった。彼を始めとする主役の歌唱力は文句なしで、ステージで演奏する8人編成のバンドも強力。ジョニーのほか、彼を誘惑する中性的美形ゴス青年でヤクの売人のセント・ジミー(トニー・ビンセント)など、それぞれに魅力的ではあるが、いかにも典型的だ。さらに言うなら、物語もグリーン・デイの音楽も、オリジナルパンクと比べたら個性に欠ける。でも、それが欠点となっておらず、自嘲を含んだ21世紀の若者のミュージカルになっている。曲調が似ているので、数曲カットしたら、さらにタイトでよかったと思うが、グリーン・デイのファンにはこれでいいのだろう。従来型のミュージカルを意識して、物語性や登場人物の個性をもう少し出せば、90分かそれ以上長くても大丈夫かもしれないが、そうするとパンクのエネルギーは失われるだろうし、感覚的で集中力持続時間が短い、今の感覚には合っている。
ミュージカルの黄金時代といわれる1930年代MGMミュージカルから50年代までからは、30年代から数えたら80年も経っているのだから、現在のミュージカルが当時のスタイルと違っているのは当然だ。ミュージカルというジャンルが今の時代にそぐわなくなってきたために、過去のミュージカル作品やスタイルを模倣して寄せ集めたパスティーシュや、ポップやロックのヒット曲を寄せ集めて作った観光客向けの後ろ向きなジュークボックス・ミュージカルが大量に作られる。MTVで育った現在20-40歳くらいまでがミュージカルを古臭く不自然と敬遠するのもうなずける。
今年のトニー賞音楽部門は、オリジナル音楽が候補枠に足りず、ストレートプレイの音楽まで借り出した。グリーン・デイの音楽は、舞台用のオリジナル音楽でないので対象にはならないという頭の固さである。ちなみに、トニー賞ミュージカル部門は、ボン・ジョビのデヴィッド・ブライアンが音楽を担当した「メンフィス」が受賞した。作品自体は無難で退屈という評判だが、トニー賞の意義は作品評価よりも地方公演までを念頭に置いた販促手段にある。ボン・ジョビという過去の強力なブランドも、地方で客を呼ぶにはうってつけだ。現在のロック界で人気最高のグリーン・デイは、トニー賞を受賞する必要がなくても客が呼べるので、受賞しなくてもいいという仕掛け。
その一方で、ローティーンやそれ以下の子どもたちは逆に、ミュージカルが格好悪いという意識がなく、「ハイスクール・ミュージカル」や「ウィキッド」を素直に友達と楽しんでいる。これらの子どもたちが大人になれば、真にオリジナルの新しいタイプのミュージカルがまた生まれるようになるかもしれない。「ハイスクール・ミュージカル」が未来の希望となる水準にあるかどうかは、大いに疑問ではあるが、そこから何が始まるか見てやろうじゃないの。