インセプションInception


続編でないこの夏一番の期待作は見掛け倒し。
夢の中の夢,またその夢に降りていっても,風景が変化するだけで感情(あるとすれば)は変わらないので,降りていく意味がない。見掛けだけ忙しく複雑に見せているが,中身はそれほどない。クリストファー・ノーラン監督は10年かけて台本を書いたらしいが、作品全体が夢の論理そのものというか,作者本人にはパズルのように筋が通っているものの,外に向けては表層意識だけで感情が伝わってこない。夢の材料となる深層心理が存在せず, 夢の論理というには論理的過ぎるので、夢の論理というのも少し違うかもしれない。物語の鍵となるディカプリオの妻のエピソードは深層心理ではなくて,単なる人には言えない過去である。意識下の部分もあるが,深層ではない。深層心理分析としては,超自我グルーチョ,チコの自我,ハーポのイドという異なる人格の3人が一体となって生きたエネルギーを発散するマルクス兄弟作品の方がよっぽど的を得ている。
ディカプリオは好きな役者ではないが,おっさん臭くなっても演技ができることは認める。でも,演技する中身が作品にない。渡辺謙はしゃべらないと存在感があり,誰よりも格好いいが,英語の台詞回しがまだ演技の段階に至ってない。ディカプリオ演じる夢泥棒に,他人の夢に侵入してアイデアを盗む代わりに,アイデアを植え付けるという仕事を依頼する重要な役で台詞も多いが,ニュアンスだけでなく明確さに欠ける部分もあり,物語を不必要に分かりにくくしている。夏のブロックバスター作品でセカンドビリングってすごいことだから,名実が伴うようにこれからもがんばってほしい。でも、謙さんだけを責めるのは酷で、監督がそれ以上を求めなかったのかもしれない。
ダークナイト」の時も思ったが,クリストファー・ノーラン監督はビジュアルで雰囲気を,しかも観客が求めている今の時代の雰囲気を作り出す達人だが,感情面の表現はそれに比べて平面的だ。大絶賛されたヒース・レジャーのジョーカーの迫真の演技も,平面的演技としては最高だった。しかし,期待していたビジュアル面も,4次元なパリの場面を始め,予告編以上の驚きはなく,視覚的な刺激と物語の展開もうまく連携しているとは言いがたい(最初の場面の,渡辺謙の城の中の大正ロマン的な和洋折衷インテリアは,ハリウッドに鈴木清順が紛れ込んだみたいで面白かった)。
また,形式としては強盗映画なのに,ミッション達成の過程がスリルに欠ける。基本的な障害は,ディカプリオの過去が彼の能力そして間接的にチームのメンバーに与える影響と,侵入される側の防衛のみで,頭の良さを装っている作品としては単純すぎる。背景は変化していくものの,うるさいカーチェイス&銃撃戦は,繰り返されるたびに効果が失われていく。雪山の場面は007のアクション場面を連想させるが,白のスキースーツで登場人物の区別がつかない。知的遊戯としては「メメント」の方が面白かったが,今のハリウッドではこれが限界か?でも,「メメント」も,時系列を逆に語るという方法が分かれば,なーんだという感もあるので,ノーラン氏山師なのかもしれない。「プレステージ」も山師的マジシャンの話だったし、確信犯かも。2時間半という上演時間も,内容の薄さにしては長すぎて退屈した。「アバター」以降,ニューヨークでは切符代20ドルの3D作品も登場し,2Dの切符代も上がったようで,今回は13ドル。残念ながら夢ではなかった。