2012年ベスト

1.Amourアムール

パリに住む元音楽教師の老夫妻を描く、ミヒャエル・ハネケ作品の中で最も普通(といってもハネケ作品だけあって見やすくはない)で感動的、個人的な作品。脳卒中に倒れた妻を自宅で看護する夫と聞いただけではあまり食指が動かなくても、夫役がジャン=ルイ・トランティニャン、妻はエマニュエル・リヴァときては見ずにはいられない。超ウエットな題材をハネケらしく非常にドライに描いているため、かえって感情移入しやすい。私は祖母を2年前になくし、母親が自宅で看護した姿を少しだけ見ている。この作品とは全く違う状況だけれど、こういう現実もありえるという強い説得力がある。現在82歳のトランティニャンを頭においてハネケが台本を書いただけあって、演技のように見えない彼の演技が素晴らしい。トランティニャンの人生そのもののようにも感じられ、「暗殺の森」や「Z」「殺しが静かにやって来る」を見直したくなった。


1.Argoアルゴ

1979年のイランアメリカ大使館人質事件の際に脱出した大使館員6人の救出作戦を描く、ベン・アフレック監督・主演作。カナダの映画制作班として脱出させた実際のアイデアも、映画に仕立てるしかない物語を映画に仕立てたこの作品のスタッフも偉い!70年代アメリカ映画の政治スリラーの要素が最も強いが、ギャング強盗映画仕立てでもあり、トリュフォー作品を思わせるような映画への熱いオマージュともなっていて、今年のアカデミー作品賞はこれしかない。やはり映画へのオマージュでも、昨年受賞の「アーティスト」のキュートなノスタルジアより格段に優れている。スリルが常に持続し、その緊張が最後に報われるのは結果を知っていても感動的。ベン・アフレックがでしゃばりすぎていないのも良し。ケビン・スミス作品のカメオ出演から感じたイイやつ感は間違ってなかった!


3. The Master ザ・マスター
ポール・トーマス・アンダーソンの最新作は、サイエントロジーに似た(制作スタッフはその関連を否定しているが)架空のカルト宗教の初期を、カリスマ的教祖(フィリップ・シーモア・ホフマン)と第二次世界大戦から帰還して以来社会に適応できず、信者になった男(ホアキン・フェニックス)を中心に描く。時に精神的同性愛も感じさせる師弟関係を軸に、信仰とその空虚さを描く比較的シンプルな物語だが、シーモア・ホフマンとホアキン・フェニックスの演技合戦が見物。父と子のようでもあり、ライバルでもあるという二人の役柄とマッチした、がっつり互角に組んだ演技合戦。


4. Dark Knight Rises ダークナイト ライジン
コロラド州オーロラの映画館でプレミア上映中に乱射事件を起こしたジェームズ・ホームズは、この傑作を最後まで見ることがなかった。監獄内でもおそらく一生見ることはないだろう。そのこと自体がすでに、彼が犯した罪に対する罰の一部なのかもしれない。
クリストファー・ノーランの「バットマン」はアメリカの闇そのものを描いた映画であり、バットマンは闇と善を併せ持つ。それはアメリカの銃問題が、少数のクレイジーな保守だけの問題でないことと呼応している。
http://d.hatena.ne.jp/djmomo/20120810#1344626232


5. Avengersアベンジャーズ
神だってケンカをする。アイアンマンやキャプテン・アメリカ、ハルクなどマーベルコミックのスーパーヒーローたちが、雷神ソーの義弟ロキによる地球侵略を阻止するために結集するという話だが、個性も生まれた時代も異なるヒーローたちが一つになるのは容易ではない。最終的には、お約束通り団結して敵に立ち向かうわけだが、緊迫した状況に助けられて自然なチームワークが生まれていく過程はスリリングだ。各キャラクターの個性に合った、気の利いた会話重視の心理ドラマだけでなく、もちろんアクションも満載。
http://d.hatena.ne.jp/djmomo/20120510#1336618794


6. Skyfall 007 スカイフォール
ジュディ・デンチ万歳!彼女のMは究極のボンドガールだ。深く微妙な感情を表すアップには鳥肌が立つ。ハビエル・バルデムの悪役もよかった。ダニエル・クレイグのボンドはこの2 人を邪魔しない、よい引き立て役。サム・メンデスの演出は、舞台的な演出や振付、アート映画的な映像と純粋なエンターテイメントを巧みに組み合わせ、作品全体として楽しめた。もちろん、007シリーズへのオマージュも忘れていない。ただ、この作り方は、007シリーズとしては一回しか使えない反則技で、今後もいい作品を作っていこうとするのなら、クレイグは過去のボンドと違うだけでなく、興味深い脇役に負けないだけの独自の個性を持つ必要がある。


7. Beasts of the Southern Wind ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜
ルイジアナの湿地帯に暮らす貧しいコミュニティの人々を、6歳の少女ハッシュパピーの視点で描くファンタジー。貧しさが惨めったらしく見えないのは、ハッシュパピー役の女の子の凛とした優雅さと、不要に美化することなく撮られたスラムの美にあり、そこにファンタジーの入り込む余地がある。


8. Miss Bala/銃弾
ミスコン優勝者ラウラ・スニガが麻薬密売組織との関与の疑いで逮捕され、そのタイトルを剥奪された実際の事件を基にしたメキシコ映画。ラウラの視点に常にぴったり寄り添った作品で、平凡な市民が自分の意思に関係なく麻薬戦争に巻き込まれるメキシコの現状が伝わってくるが、映画作品としてより説得力を持つためには、厳粛一辺倒のラウラの視点から離れてみることも有効なのではと思った。しかし、メキシコの現状は、部外者の呑気なコメントを受け入れられないほど切羽詰まっており、その切迫感は間違いなく伝わってくる。http://d.hatena.ne.jp/djmomo/20120131#1327981731


9. Cloud Atlas クラウド・アトラス
ウォシャウスキー兄弟の新作「クラウド・アトラス」は、6人の役者が過去から未来までそれぞれ異なる時代の異なる人物を演じるSF野心作。前半は、それらの物語がどうやって関連していくのかと思ってわくわくするが、結局は説得力のある関連性を示せず、全体が部分の合計より少なくなっている。が、その野心は買いたい。