小宇宙大宇宙、自宅コンサート、ヤクザ映画

  

最近、ヨガと鍼によく行く。ヨガのショルダースタンドやディープリラクゼーション、もっと分かりやすいのは鍼だが、針を刺したところから、気が小宇宙のようにぐるぐると回り、手足・頭それぞれの小宇宙が渦巻きながら、体全体の大宇宙へとつながるのが体感できる。私たち一人ひとりの存在が大地とつながり、この宇宙を作っていることを感じさせてくれる、ポジティブなエネルギーが循環する、と言い切るには、私のヨガはまだまだだけど、その入り口ぐらいは十分見える。今読んでいる、ジョン・ケージの人生と音楽についての本「The Roaring Silence」のくだりでも、ケージの音楽におけるミクロコスモスとマイクロコスモスが扱われている。

6月25日の自宅コンサート。出演者8人の内ほぼ半数がパーカッション奏者、という混みこみの上に、客も結構入った。出演はFire & Flux(Benjamin Kates、Richard Gilman-Opalsky)、John Clair とJed Shahar, Loren Steelのトリオ、Barry Chabala, Matt Hannafin & Ravi Padmanabhaのトリオ。詳細はhttp://www.spin17.com

最近見た映画。

Dead or Alive
見る作品のチョイスが悪いのか、私にはなぜかツボにはまらない三池崇の、ヤクザ映画。「男たちの挽歌」シリーズのパロディとしては、もっとコテコテにおかしくできたはずだし(とはいえ、見終わってから、チョウ・ユンファごっこを、ついしてしまうのだけど)かといって、オリジナルな世界の展開もいまいちインパクトがない。“衝撃の”ラストも、「鉄男」を見たことがある人なら、あまりびっくりしないと思う。オープニングのジョン・ウーもどきシークエンスはカッコよかった。二作目は「ソナチネ」を思い起こさせる、男同士の童心と、暴力。この方がオリジナル度は高いと思うが、三池崇のover the topになりすぎないゆるさは、私に物足りないのかもしれない。ラストの三作目を見る元気は出なかった。


殺しの烙印 Branded to Kill

久しぶりに見たら、うーん、悪くないけどそれほど面白くないし、ぶっ飛びすぎてもいない。鈴木清順のビジュアルだったら、「東京流れ者」など木村威夫と組んだ作品の方がもっと良いし(この作品を下敷きにした「ピストルオペラ」はあまり印象にないが)、ヌーベルバーグにノワール、buddy movie(野郎映画)と別々の作品をつぎはぎした感じ。ビジュアルがとんでもなくすごいか、ストーリーが面白いか、どれかひとつでもあれば、変な映像に慣れた私の目でも新鮮に感じるんだろうけど。宍戸錠のしもぶくれ顔は、めしをたく匂いが何より好きな、冷たいだけでない殺し屋を表現し、一方スタイルの良さでヌーベルバーッグぽさがはまるが、強面の顔でコミカルな演技の方が、もっと面白いと思う。1967年作。


東京流れ者 Tokyo Drifter

こっちの方が普通のヤクザ映画の話なのでかえって、色や構図、人工的なセットや雪などの訳の分からなさがひきたって、たまらん。「東京流れ者」の主題歌も、松原智恵子の歌う挿入歌も、繰り返しが多すぎてくどいのが難だけど、渡哲也がカッコいいので許そう。「流れ者には女はいらねえ」。1966年作。