不条理演劇,P.T.アンダーソンなど

ブロードウェイで再演中の、ハロルド・ピンター作の戯曲The Homecomingが評判が良い。イメージとして分っていても、実物を見たことがなかった不条理演劇の舞台と映画を、まとめて見てみた。

The Homecoming 帰郷

ピーター・ホール演出、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー制作により、ブロードウェイで上演された舞台の映画化。1973年制作。クリーンだが荒涼とした雰囲気の居間が最初に映し出されただけですでに、背筋の凍るような人間の理不尽さと怖さ、乾いたおかしさが同時に伝わってくる。マイケル・ハネケのサイコホラーのようだ。
アメリカで哲学教授をしている男が妻を連れて、ロンドンの労働者階級に属す父と兄弟たちの悪意が渦巻く、長年疎遠にしていた実家に帰る。何より感心したのは、長い独白と短い台詞、しばしばはさまれる沈黙からなるピンター作品の独特のリズムが、うまく表現されていること。クローズアップの多用や鏡の効果的な使用により、沈黙を死に体にしていない。座る場所や立ち位置に服装、英語のアクセントや午後のお茶など小道具の隅々にいたるまでが、効果的に登場人物の力や位置関係を表している。会話の一つ一つが、精神分析医の椅子に座らされているように鋭く、シンプルで何気ないが計算された台詞は腸をえぐりとられるようだ。理不尽そのものの家長を演じるポール・ロジャースを初め、演技も第一級。

The Servant 召使
ピンターの台本は異なる階級間での力関係のシフト、短い台詞と沈黙、人間関係を表現する鏡の使い方など、同時期に書かれたHomecomingと共通している。貴族である主人を支配するようになる召使役ダーク・ボガードは礼儀正しく無礼、微妙で大胆な美味しい役を美味しく演じて、パワーゲームをスリリングに見せている(献身的な仕事ぶり−寒い夜に暖炉の側の足湯でお出迎え−で主人の心をつかんでから、妹まで手駒に使い、主人を屈服させる)。が、原作物であるせいか、Homecomingほど筋が通った不条理な(というのも変な表現だが)衝撃はない。例えばゴージャスなインテリアはカラーで見せた方が、階級が入れ替わってしまう話により説得力があったはず。ボガードの召使は、塗り替える壁の色を主人に提案するなど、彼の階級にそぐわない良い趣味を持っているのだから。ボガード以外の俳優は悪くないが、彼にはかなわない。お金持ちだが色気のない婚約者のいる主人を誘惑する妹は、色気はあるもののいかにも頭が悪そうで、上流階級の堕落を描く演出意図とはいえ、ちょっと物足りない。1963年制作。

Happy Days しあわせな日々

フィオナ・ショウ主演によりBAMで上演され、絶賛されたベケット作品。当日券が安く手に入ったので見に行ったが、どうもピンとこなかった。体の動きを制限することにより身体性を描き、思い通りにならない不条理な人生に対し、死を意識しつつ戦う意志の力を表現する、という作品および演出意図ははっきり分るのに、よく分からないというか、感情移入できない。が、演劇と映画の違いを考えさせられ、興味深かった。沈黙の厚さ(観客がいることで厚くなったり、笑い声で沈黙が消されることもある)や、具体的な肉体が目の前にある舞台では抽象的な存在が成立つこと。とはいえ、私はピンターのように具象から共通の真実を描く方が好きだ。小劇場でのこの舞台、表情がもっとはっきり見えたら感情移入できたかなあ、とも思ったが、近すぎたら演技の誇張が気になるかもしれない。バレエやオペラ、ミュージカルは大劇場のどんな席でも、それなりに楽しめるが、前衛劇やモダンダンスを見るたびに、劇場のサイズの適切さが気になる。採算と芸術性の両立は商業芸術にとって永遠の課題。

Beckett on Film
マイケル・ガンボンデビッド・シューリス出演の「Endgame(勝負の終わり)」、アンソニー・ミンゲラ監督でアラン・リックマンの出ている「Play(芝居))」などベケット4作品が入ったビデオを見た。ベケット19作品を映画化したシリーズの4枚目。映画なのでクローズアップはたくさんあったが、それでもやっぱりよく分らん!「切腹」の脚本を書いた橋本忍によると、映画を見る側は反権力のメッセージうんぬんを取り上げるが、脚本家にとっては「死を目前にした浪人の愚痴」という具体的なアイデアだけだそうだ。物語性をそぎ落とし、概念そのものから出発したように見えるベケットの手法が革命的であることは間違いないが、特に前述の舞台は泥臭くもあり、あまり私の趣味ではない。Endgameは、やはりBAMで4月にジョン・タトゥーロが主演する。

Boogie Nights ブギーナイツ
70年代後期から80年代中期までのポルノ映画界の盛衰を描いた、アルトマン的群像作品。2時間半は少々長すぎるのと「映画制作チーム=崩壊家族の埋め合わせ」の図式が最後にやや強引なのが気になる。よって、やはり映画制作を描いたトリュフォーの「アメリカの夜」ほど自然な感動を与えない。が、普通の映画界のそれと重なって見えるよう描かれた歴史の流れが感じられ、登場人物多数の演技もそれぞれ素晴らしく、当時のファッションや音楽など風俗の移り変わりも楽しい。やはりポール・トーマス・アンダーソンによる最新作There Will Be Bloodはこの作品から格段も進歩しており、同監督の最高傑作。

Magnolia マグノリア
偶然に交わる人生&人間の意志では思うように行かない人生、という演出意図が露骨すぎる場面もいくつかあるが(ミュージカル場面&蛙の嵐)、全体的には前作のブギーナイツよりさらに進歩し、深みが増している。崩壊家族の一員である多数の登場人物の、それぞれの物語が平行して描かれ、かつ、彼らの物語は別の人物の中に繰り返される。その結果、物語としては分りやすいが、人数のわりには複雑さや微妙さは感じない。3時間の上演時間も長すぎる。が、編集の妙によるサスペンスと、物語の意味合いは同じでも(良き夫ではなかった、死にかけているTV関係者二人など)それぞれが違う人物であることを示す存在感ある演技が折り重なって、力強いオペラを見た後のような、強烈なインパクトを与える作品(希望を見せて終わるとはいえ、ダウナーな要素が多すぎ重なるので、また見たいとは思わないが)。マッチョ系自己啓発セミナーのカリスマ講師役、トム・クルーズの演技が特に良い。この監督はほんとに役者の使い方がうまい。

The Life and Death of Colonel Blimp 老兵は死なず
ナチス・ドイツと戦っている最中の1943年のイギリスで、フェアに戦えないなら戦争に負けた方がまし、と思うイギリス軍人の騎士道精神と、彼とドイツ人との長年の友情を描き、チャーチルを激怒させた反骨精神には感服する。が、ボーア戦争と二つの大戦にわたる2時間40分の映画自体は長すぎ、騎士道精神そのままに礼儀正しく、ユーモアも古臭く感じられた。

Dead Manデッドマン
今年始めて見た映画(ビデオ)はこれ。数年に一回は必ず見たくなる、ジャームッシュ&ジョニー・デップの傑作。生死の境の曖昧さ、再生となるであろう死のテーマとユーモアは新年にふさわしい。アメリカで最も影響力のある批評家ロジャー・イーバートが何じゃこれ、とコケにするのも分る、いかにも独立系な映画だが、それでも好きな作品。デップといえば、「スウィーニー・トッド」をまた見に行った。ダウンタウンの1.5番館という感じの映画館だが、料金は封切館と一緒。なのに、プリントのひどさときたら、3番館での10年後の上映のようで、殆どの場面に音も映像もノイズが入っている。封切館で公開中の作品とは思えないひどさにびっくり。それでも目と耳が慣れたら、やっぱり面白かった。