「Throne of Blood」

黒澤の「蜘蛛の巣城」を,前衛演出家のピン・チョンが舞台化し,BAMで11月10〜13日に上演された。休憩なしの1時間半強で,映画をほぼそのまま舞台に移しているが,舞台はカットできないので,不必要な動きが追加されてテンポが悪く,話の筋すらぼやけてしまう。


主人公の鷲津役は黒人の若者で,三船と比べるのはフェアでないとしても,印象に残らない。山田五十鈴が演じた浅茅役の日本人女優Akoは,能を思わせる山田五十鈴の鬼気迫る迫力はなく,典型的なマクベス夫人的演技ではあったが,他の役者と比べれば数段印象的。が,スタッフも含めて彼女以外に日本人が全くいないので,日本文化の考証が甘く,日本での上演はまず無理だろう。能もどきの踊りを大男の白人のおっさんが一生懸命やっているが,勘違いなのでかわいそうになる。


ピン・チョンのトークを聞いた友人によると,この舞台はあくまでもアメリカ上演用とのことだが,日本で上演できる舞台を彼らが作れるかどうかは疑問だ。いかにも,アメリカ育ちの中国人が見た日本で,日本人としてはかなり違和感がある。エキゾティックさを出すために、英語アクセントの日本語を時々,「解せんな,How it could be?」など同時通訳的に英語に挟むのもうざったい。アメリカ的といわれる黒澤だが,やはり日本なのだとあらためて思う。ちゃんばらも下手くそ。三船に多数の矢が突き刺さる最後の有名な場面を,照明を暗くして矢の音だけ聞かせ,矢が刺さった姿で出てくるという形で逃げたのもずるい。


どうせ舞台でやるなら,「蜘蛛の巣城」の元ネタである「マクベス」の要素をもっと入れて,西洋と東洋,舞台と演劇の要素をぐちゃぐちゃにしたほうが面白かったのに。山田五十鈴の衣擦れがかもし出す緊張感や,機械で処理した森の老婆の声など,舞台で再現できる映画の要素を,漫画的にこれでもかと拡大延長しているので,その効果やニュアンスが失われている。舞台化に際して東宝の協力は得られなかったため,森の風景などチープなイメージ画像を使ったり,佐藤勝の音楽が使えなかったのも痛いところだ。