バックコーラスの歌姫たち

アカデミー賞でドキュメンタリー賞を受賞したばかりの映画「バックコーラスの歌姫たち(20 feet from Stardom)」は、殆どが黒人女性であるバックコーラスに焦点を当てて、ロック史を負け犬の立場から見た非常に興味深い作品。「ギミー・シェルター」のレコーディングでミック・ジャガーとデュエットした経験を振り返るメリー・クレイトンの場面は特に圧巻。

しかし、彼女たちの殆どがその実力にもかかわらずソロで成功しなかった理由として、黒人と女性という要素を繰り返し強調しすぎている。そのため、せっかく興味深い逸話を重ねているのに、結局は画一的に見えてしまい、スターになるには役不足という、作品の主題とは全く逆の印象を与えてしまう。個々のエピソードも着眼点も面白いが、映画全体としてはベストな語り方には見えなかった。

でも、アメリカのロック&ポップ界の層が厚く豊かなのは、こうした無名で才能ある無数の人々に支えられているからだということは、確かに伝わってくる。

メダルより子犬を奪い合う五輪選手たち

http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702304775004579394222180307920.html?mod=JWSJ_EditorsPicks

オリンピックに全く興味のない私でも、こんな競争ならいいなと思ってしまいました。日本語訳で子犬となっているのは、原文では雑種犬です。純粋培養の選手たちが雑種犬を引き取るという、動物愛護上、とてもいい宣伝になっていた部分が誤訳されていたのは残念ですが。いずれにしても、検疫の関係で、選手が一緒に連れて帰るのは難しそうですが、この記事がきっかけの一部になって、引き取り続きがスムースになることを願います。
EU内では、狂犬病の予防接種を出国の21日以上前に済ませるなどの検疫上の必要事項を満たすことを証明するペットパスポートがあり、国によって必要事項は異なりますが、それらを満たしていれば、家族と一緒に海外旅行や出入国が可能です。米国もこの制度にならっています。
でも、日本の選手が同じことをしようと思うと大変です。狂犬病の予防接種を2回受け(欧米では1回)、血液検査を受けた後、日本に行くまでに180日間の待機期間が必要です。したがって、日本通運のサイトによると、ペットを連れての帰国には最短で8か月かかります。待期日数のが不足分は、家族と離れて係留施設で過ごすことになります。
ここにはいろいろな問題がありますが、最大の問題は180日間の待機期間です。島国日本が狂犬病などに非常に慎重になることはわかりますが、検疫がなかったり、ゆるかったりした時代ならいざ知らず、相互の了解のもとでEU式のペット入国制度(PETS)が取られている諸国では、基本的には、健康なペットを係留するという非人道的な措置は取られていません。
 日本はPETSに加盟していますが、180日間待機期間ルールを採用しています。島国イギリスがこのルールを廃止したことから考えると、ペット先進国であるはずの日本は遅れているようです。
東京オリンピックを機会に、先進国なのにカードが使えないところがあるなどのサービス面に加えて、こうした非人道的な措置が近代化されることを願います。
 最近読んだ「おろしあ国酔夢譚」で、ロシアから戻ってきた日本の漂流民を隔離した鎖国時代から変わっていないのだなあと、ペットの帰国・輸出入について調べてみて思いました。異質なものは隔離するという態度は、福島のペットたちがいまだに家族と一緒になれないことも、移民政策が依然として厳しいことをも説明しています。

井上靖作品集

自分の趣味にはちと良識的すぎるような気がして敬遠していた井上靖作品だけど、職場に文学全集があったので読んでみたらこれが面白いのよ。阪神間の上流家庭の恋愛のどろどろを端正に描いた初期の「猟銃」や、実の母のボケが進行していく様子を絶妙な距離感で精確に描く「花の下」「月の光」。特に、過去と現在を行き来する魂が透き通って見えるような「月の光」にはうならされた。

そして、圧巻なのが「おろしあ国酔夢譚」。映画を見なくてよかったとつくづく思った。このスケールの大きさは映画では無理。ロシアに漂着した大黒屋光太夫と部下の船乗りたちが日本に帰るまでを描くが、物語の面白さもさることながら、光太夫の意志の強さと知性、視野の広さと男っぷりに惚れた。鎖国中の江戸時代の人とは信じられない。押しかけ嫁したいっ!

太夫は過酷な気候のロシアで生き抜き、故国に帰る意志を貫くために、ロシア見聞記を毎日書き始める。絵を勉強したわけではないが、記録として見たままに描き始めるなんてのは人ごととは思えない。やっと帰国が決まり、世話になったロシアと鎖国中の故国の両方に人間的に気を配りつつ、自分の保身を図っている。国益なんて言葉はどこにも出てこないが、彼のような人こそ外交官になるべき。

Only lovers Left Alive


ジャームッシュの新作「Only lovers Left Alive」は最高の吸血鬼/ロックンロールなカップル映画の一つで、「デッドマン」以来のジャームッシュ最高作でもある。ティルダ・スウィントントム・ヒドルストンカップルはゴージャスで相性も抜群。デトロイトの美しい廃墟は、永遠に破滅に向かっていながら、生きようとあがく二人の背景として最適。ジャームッシュが、インディー精神を失わずに手堅いプロになっているのも、うれしい驚き!

誰もいない国


ピンターの「誰もいない国」をブロードウェイで見た。イアン・マッケランパトリック・スチュワートという、非常に優れた英国俳優のショウケースとして最高だった。特にマッケランは洒脱そのもの。ピンターの最高作ではなく、主演二人があまりにも達者なので、伝統芸能というかシュールな歌舞伎(=イギリスの舞台の伝統)を見ているような印象だった。台詞とその伝え方、表情と身ぶりの関係があまりにも完璧にユーモラスに演じられている。

特に素晴らしいのは、サー・マッケランの、ダンスのような足の動き。自由で洒脱に見える動きのために、全身を驚くべき抑制下に置き、バランスを自在に動かすことで、役柄の内面の動きを間髪おかず表現している。このように優れた役者にとっては、舞台の上で身長を変えることなど何でもないというのを目の当たりにした。

マッケランの役の前提は、スチュワートの権威に対するいかさま師だが、這いつくばることなく権威に取り入ろうとしている。したがって、スチュワートの三つ揃えオーダーメイドのスーツはその役に適切で、マッケランは一応ピンストライプだがサイズが合っておらず、古着屋で買った感満載。それでも恰好よく見えてしまうので、薄汚れてしまった白のスニーカーをダメ出しに持ってきた。足元にまでは気がまわらなかったという、胡散臭い役柄を表すと同時に、ダンスのような足の動きを表現する靴として最高の選択だ。マッケランと衣装デザイナー、演出家が一緒に決めていった過程が目に浮かぶようだ。細部に神は宿る、演劇ばんざいと言いたくなる。いつかマッケランにダンスの相手を一曲お願いするのが夢になった。
マッケランもスチュワートも70歳代だが元気いっぱいで、人間国宝を死ぬまでに見ておかなくてはという感は全くなく、現役バリバリだった。

2013年ベスト映画

1.Her

離婚手続き中のホアキン・フェニックスが、人工知能を持つコンピュータシステムの声(スカーレット・ヨハンソン)と恋に落ちる、スマートでファニーでクレイジー恋物語。演技も脚本もテンポも良く、今の時点ではありえなさそうな物語を、実際にありそうで、かつ最も美しい映画のロマンスの一つにしている。

2. Inside Llewn Davis

コーエン兄弟10年来の佳作。一人のシンガーソングライター(オスカー・アイザックの演技が素晴らしい)を通して60年代のグリニッチビレッジのフォークシーンを描く作品で、猫好きは特に必見!名演技をするだけでなく、物語で重要な役を果たす。ゴールデングローブでもアカデミー賞でも無視されているが、「True Grit」や「No Country for Old Men」よりはるかに良い。

3.Blue is the Warmest Color

今年カンヌで最高賞をとったフランス映画は、過激で長いレスビアンセックスが話題になり、米国では成人指定となっているが、普通に感動できる恋愛映画だった。主人公のカップルを演じる二人の女の子がかわいくてセクシーで演技力もあり、3時間目が離せない!特に若いほうのAdèle Exarchopoulosは次のイザベル・アジャーニになること間違いなし!ちなみに、この映画はアイダホ州で上映禁止となっており、私が見た劇場では、アイダホから見に来たことを飛行機やバスの切符で証明できれば無料で見られるという粋なはからいがされていた。

4. Touch of Sin
http://d.hatena.ne.jp/djmomo/20140117#1389919660

5. Behind the Candelabra

HBOテレビで放映された"Behind the Candelabra" は楽しいエンターテイメントで感動的でもあり、ソダーバーグの最高作かもしれない。華麗なショウマンでゲイのピアニストであるリベラッチをマイケル・ダグラスが、その恋人をマット・デイモンが演じる。2人とも意外なはまり役で、特にダグラスは説得力とユーモアがあり、彼のキャリアの中でも最高の演技の一つ。

6. Stories We Tell
カナダの女優が自らの出生と家族の秘密を明かしていくドキュメンタリー。語り手によってそれぞれ違う物語は、ドキュメンタリーに新たな文学的タッチをもたらしている。

7. The Act of Killing
インドネシアで60年代に起きた共産主義者やインテリ、中国系インドネシア人などの大量虐殺事件の実際の殺人者たち−元は軍の下で働くギャングで、今は国民的英雄−に、虐殺の模様を再現させ、その過程における彼らの心の移り変わりを描くという衝撃のドキュメンタリー。

8. Cutie & Boxer
http://d.hatena.ne.jp/djmomo/20130827#13775650839.

9.The Great Beauty
若いころに書いた小説一作のみでローマの文化セレブになり、毎晩華麗なパーティーに明け暮れる60代の作家を描いた、「甘い生活」のその後のようなイタリア映画。作家が自分の老いと過去に思いをめぐらす内省的な場面よりも、リッチでインテリの中年以降の男女が明日をも知れぬように踊り狂う姿は、彼らの不安と恐れをとらえて迫力があり、「華麗なるギャツビー」のパーティー場面よりはるかに真に迫っている。

10. Nebraska
アレクサンダー・ペインの映画は今ひとつピンと来ないが、ブルース・ダーンの演技は素晴らしい。しかし、白黒デジタルの映像は常に成功しているようには見えない。

A Touch of Sin


中合作映画「A Touch of Sin(罪の手ざわり、原題「天注定」)を見た。地方の実力者の腐敗に怒る鉱山労働者、新興成金に侮辱を受けるサウナの受付係、非人間的な巨大工場で働く青年など、追い詰められてキレてしまう人々を、ここ数年中国各地で実際に起きた事件に基づいて描く。現代中国の問題を描くこうした作品が中国本土で製作されたことに驚いたが、検閲をまだパスしていないために、中国国内での公開は未定だ。オフィス北野が製作・配給を手がけており、暴力と叙情が融合した作風は北野作品を思わせる。日中の領有権問題が激化する前に決まった日中合作だろうが、両国の関係がこじれる中で、こうした真摯な内容の合作は特に意義深い。